くるくると盥の胡瓜よく回る 嵐田 双歩
くるくると盥の胡瓜よく回る 嵐田 双歩
『この一句』
今年も猛暑であろう真夏に向けて清涼感あふれる一句だ。昔の、それもどちらかと言えば田舎の光景を詠んだ句であるとみたい。盥といっても木の桶はほとんど見受けられず、今やプラスチックのそれである。また水道の水を盥や桶に流しっ放しにするのは、省資源に反するから、これは今の光景ではないだろうと推測するのである。小流れを台所に引き込んで桶か盥に受けるのは、昔の田舎の家によくあった。令和の世にも琵琶湖の西、高島市のある集落では里山の湧き水を生水(しょうず)と呼び水路に流し、それを生活用水として利用する川端(かばた)が生き続けている。
冷たい清らかな水を張った盥に、緑の艶やかな胡瓜が4、5本くるくると回っている。ある程度の年齢の人ならこの光景は見たことがある。水の動きに身を任せて回る胡瓜の様は涼しさと食欲を刺激してなんとも好ましい。冷えた胡瓜に味噌かできればモロミをつけて齧り付けばこの上ない消夏法であろう。この句はそこまで想像させる。何気ない光景を詠んで、写真家の作者にはふだんから物事をよく観察する目があるのがうかがえる。一個の静物でしかない「胡瓜」の季語に動きを与えた。くわえて夏野菜の描写にとどまらず、胡瓜の美味さをも想像させる一句に仕立てたと思う。
(葉 21.07.07.)