宙に富士一万本の花みかん 廣上 正市
宙に富士一万本の花みかん 廣上 正市
『この一句』
雄大な景色を詠み込んだ気持の良い句である。最初に「宙に富士」と言い切ることで、晴れた空に浮かぶ富士山を強く印象づける。その後に視線を「一万本の花みかん」に転じさせる。句の切れが間を生み、遠景から近景へ無理なく切り替わる。「一万本」の修辞も巧みで、広いみかん畑に白い花が咲き揃っている光景が鮮やかに浮かんでくる。
みかんは5月、6月に香りのある小さな白い花をつける。蜜柑は冬の季語だが、青蜜柑は秋の季語、花蜜柑は夏の季語となる。みかんの花と言えば、童謡「みかんの花咲く丘」が良く知られている。この歌は、締め切りに追われた作曲家の海沼實が伊東行きの列車の中で作曲したとのエピソードが残る。
掲句の作者は二宮在住なので、小田原から湯河原にかけてのみかん園で詠まれたのではないかと考えた。東海道線からもよくみかん園を見るが、箱根山が邪魔になり、意外に富士山は望めない。「富士の見えるみかん園」でネット検索するといくつか候補が浮かんできた。足柄上郡松田町の農園は大きな富士の姿を見ながらみかん狩りができる。沼津市西浦では、駿河湾越しに富士を遠望する高台にみかん園が広がる。作者に聞いてみたい気もするが、場所の詮索などやめて、読者がそれぞれ抱いているみかん畑と富士山のイメージを重ねて句を味わえば良いのであろう。
(迷 21.06.10.)