羊水を漂ふ如き朝寝かな 須藤 光迷
羊水を漂ふ如き朝寝かな 須藤 光迷
『この一句』
句を見て「なるほどなぁ」と深く頷いた。会心の眠りを十分に言い表しており、これぞ春眠!と言いたいほどであった。春眠の心地よさ、深さ、そして母親の羊水から宇宙的な命の誕生の歴史までを感じさせて「まさに秀逸」と評価しつつ、私は掲句を選んだのであった。ところが以上のような感想を句会で述べたところ、エライことになった。
「そんなこと、男性だけが抱く、とんでもない幻想です。男のロマンかも知れませんが、お腹の中で生命を育てるという行為は女性にとって現実のこと。母親は赤ちゃんと一体で、出産は必死の作業なのです。羊水の中にいた事なんて誰も覚えていませんよ」。句会のリーダー役でもある女性の言葉に、私はまさに仰天、男の無知を実感するに至った。
俳句というものの解釈や評価に男女の違いはない、と私はぼんやり思い込んでいた。誕生時の盥(たらい)の縁に反射する陽光を覚えている、という三島由紀夫の小説と掲句を同レベルに置いてのコメントも、真面目なものだった。しかし出産を体験している女性の言葉に反論の余地はない。俳句歴六十余年目に訪れた大ショック、と告白する。
(恂 21.04.29.)