羊の毛刈るバリカンの一気呵成 塩田 命水
羊の毛刈るバリカンの一気呵成 塩田 命水
『季のことば』
あまり馴染みのない春の季語に「羊の毛刈る」がある。育羊の盛んな地方の俳人くらいしか季語に採らないのではなかろうか。なにしろこの光景は、テレビでも春の風物詩としてごくまれに映されるくらいだから。日本では飼育頭数も一時に比べ相当減っているらしい。
作者は海上自衛隊の元幹部だった。この句は、若い頃航海でニュージーランドに行った時に見たシーンだと言う。
羊の国内最大産地である北海道育ちの評者は、その刈り取り光景を思い出した。育羊農家は春になると冬の間に伸びた羊毛を一頭一頭刈る。刈り取られた羊はヘアレスドッグのように情けない姿になる。横道に逸れるが、〝毛無し犬〟のルーツをたどると、古い三つの犬種に行きつくそうだ。三つといえば、サラブレッドも元は三頭の馬がルーツで、三という数字の一致は自然界の玄妙さを物語るようでなにやら面白い。
閑話休題。羊毛を刈るときを羊の立場に立って見れば、屈強の男に押さえ付けられ、電気バリカンのちょっと大きいのであっという間に全身の毛を奪われてしまう。すっぽんぽんという表現があるが、まさにその通りだ。この句は「一気呵成」の慣用句があの光景を過不足なく表現していて成功したと思う。ジンギスカン鍋に最適なサフォーク種の肉の旨さまでちらついて、一票を入れた次第である。(葉 21.04.27.)