多摩の野に風吹き渡り春浅し 篠田 義彦
多摩の野に風吹き渡り春浅し 篠田 義彦
『季のことば』
「春浅し」は「早春」と同じ時期、立春から二週間ばかりの時期を言う。吹く風はまだ冷たく、時には雪が降ったり氷が張ったりする「春は名のみ」の頃合いである。温度計ではまだまだ冬と言った方がいいくらいの寒い日々だが、とにかく「春」になった、やれやれという気分である。地面には下萌えの緑が見え、木々の芽も膨らんできて、梅が咲き始めた。若々しい生命の息吹が伝わってきて、気分もおのずから前向きになっている。「春浅し」という季語は、そうした趣のものである。
「多摩」とは古代の多摩郡から出た地名で、今日の三多摩はじめ中野区、杉並区、世田谷区、神奈川県相模原市、川崎市多摩区を含む広大な地域である。標高5、6百メートルから千メートル級の山もあれば丘陵地帯もあるが、麓には多摩川とその支流が作った平らで肥沃な広大な土地が広がる。
作者は町田市の住人だから、まさに「多摩の野」の一角。そこを吹き抜ける早春の風はとても厳しい。エアコン完備のぬくぬくとした屋内から出た身体をシャンとさせるに十分過ぎるほどである。この句は、そうした気分をさり気なく平明に詠んでいる。
(水 21.4.8.)