雛の間をそっと覗きて妻一人   野田 冷峰

雛の間をそっと覗きて妻一人   野田 冷峰 『この一句』  子供たちは成人し、それぞれがすでに新家庭を築いている。夫が広い家の中の一室をそっと覗く。妻が正座し、飾り終えた雛段をじっと見上げていた。子供たちの家族はこの時期になると、孫を連れで「ウチの雛様」に会いにくることもあるが、今年は誰も来ない。コロナ騒ぎが納まるはずの来年はどうだろう・・・。そんな場面だ、と私は解釈した。  作者の名が分かってオヤと思った。作者の奥さんは先年、亡くなられていた。腕利きの事件記者であった作者は愛妻家として知られてきた。句会に入った後は奥さんを詠んだ句を多く作り「また彼の愛妻ものが出て来たな」などと句仲間をニヤリとさせていた。奥さんはしかし、もう居ない。すると回顧の作か、奥さんの幻の姿を詠んだのだろうか。  女性の雛人形への思いは、男が理解出来ないほど深いものらしい。句中の女性は、二月の半ばから雛飾りを始めていたのだろう。飾りながら、娘の初節句の頃、幼稚園の頃、そして結婚し「お雛様は置いていく」と言って、新家庭を作った頃のことも甦って来る。作者の脳裏には、お雛様をじっと見上げている女性の姿が浮かんでいるに違いない。 (恂 21.03.11.)

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