昨日とは違う香のする東風の空 斉山 満智
昨日とは違う香のする東風の空 斉山 満智
『この一句』
春の兆しを感じるタイミングは様々であろう。ある人は朝、水道の洗顔水で冷たさが心なしか緩んできたと感じたとき。ある人は、春一番が吹いたとテレビで報告する気象予報士の一言で。作者は東風が吹いている空に窓を開けて見上げたら、昨日までの匂いと違うのを感じ取ったと詠んでいる。
季節の変わり目を昨日と今日で截然と分けられるものでは当然ない。「昨日とは違う香」の措辞はまちがいなく修辞と思うのだが、自分が感じ取った春が近いとの微妙な感覚を、俳句に表現するのには必要な修辞だったと思う。女帝持統天皇の「春過ぎて夏来たるらし白妙の衣干したり天の香具山」の一首を引き合いに出して比べるほどもなく、何事もテンポの早い現代では「昨日と今日の差」を詠むことこそむしろ普通に思える。
この句は「東風」の季語を詠みこむにあたって、空の匂いを持ってきた。これまた女性ならではの細やかな感覚であると思う。東風が運んできたほんの微かな匂いは何であろうか。梅の香でもいいし、子どもたちが公園で遊ぶ元気な声を「香」と取ってもいいのではないだろうか。
(葉 21.02.24.)