御降や立往生に蕪鮨 堤 てる夫
御降や立往生に蕪鮨 堤 てる夫
『この一句』
今年の正月、関東地方はよく晴れたが、上信越・北陸方面は大雪となった。住民は屋根の雪下ろしや道路の除雪に追われ、正月気分に浸るどころではない。鉄道は遅れ・運休が相次ぎ、高速道路では千台近い車が立ち往生した。北国の人たちにとってはとんだ御降である。
掲句は雪で長時間閉じ込められた乗用車やトラックに、地域の人たちが食べ物や飲み物を差し入れている情景を詠む。テレビニュースで見て、雪国の住民の暖かい人情に心を打たれた人も多いと思う。作者はそこに蕪鮨を登場させ、句をさらに印象深いものにしている。
蕪鮨はかぶらの間にぶりの切身を挟み込み、麹で発酵させた馴れ鮨の一種。旧加賀藩領であった石川県や富山県西部の伝統料理で、金沢では正月料理として親しまれている。独特の風味があり、皿に盛られた白色のかぶらと麹は雪景色を思わせる。パンやおにぎりに加え、蕪鮨を差し入れたのは、少しでも正月気分を味わって貰いたいという、もてなしの心であろう。
この句は御降、立往生、蕪鮨の三つの言葉を並べただけで、情景がすぐに浮かんでこないという意見があるかも知れない。しかしそこに雪国という横ぐしを通すと、雪と共に生きる人々の暮らしと人情が鮮やかに立ち上がって来る。
(迷 21.02.01.)