大雪の中を落ちゆくエレベーター  星川水兎

大雪の中を落ちゆくエレベーター  星川水兎 『合評会から』(日経俳句会)          早苗 ガラス張りのエレベーターから外の雪を眺めているのでしょうか。「落ちゆく」という表現から、エレベーターが雪のスピードを追い越して降下する光景が目に浮かびました。 阿猿 最近のオフィスビルにはガラス張りのエレベーターがけっこうある。ガラスの箱に入れられて激しく降る雪の中に放りだされたような不思議な感覚を詠んだものか。空間の切り取り方が大胆。 而云 外の様子が見える透明のエレベーターだろう。「落ちゆく」が巧みだ。 *       *       *  この句を前に迷うところがあった。作者の位置である。エレベーターに乗っていて落ちてゆくのか、それとも外にいて見ているのか、と…。もし前者で、ショッピングセンターなどの最上階から一階へ急降下というような場合なら、奈落の底に落ちるような、ちょっと怖い感じもする。一方、スキー場など離れた所からホテルのエレベーターを見ているような場合なら、恐怖感は他人事、降り頻る雪の中に佇む現代的、かつ幻想的な風景ということになる。さて、どっちだったのか。 (光 21.02.04.)

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それとなく明るき妻や小正月   高石 昌魚

それとなく明るき妻や小正月   高石 昌魚 『この一句』  「小正月」という季語は、元日からの正月を「大正月」と言うのに対して、十五日頃に 豊作を祈る農家の「予祝行事」を行ってきたことに由来する。農耕文化のなごりである。テレビの俳句番組で人気の夏井いつき先生は、松の内も忙しい女性のために小正月を「女正月」と呼ぶ説を推奨する。  夏井説の趣旨を酌んで掲載句を読んでみた。小正月を女正月に置き換えると、作者の句意が一層鮮明になる。新年を迎え病弱の妻が明るい表情をみせている。それも「それとなく」である。意図せずに表れる明るい表情は、自然な気持ちの発露であろう。老々介護の作者には、妻の元気な素のままの表情は何よりである。掲句からは、夫妻の思いやりに満ちた細やかな息遣いが聞こえるようだ。  女正月の季語は女性へのいたわりを象徴する。句会最長老の気持ちを推しはかるのは、恐れ多いことながら、作者の胸の内に添うものと思う。年明けて昌魚先生から「寒中見舞い」のはがきを頂いた。高石家一族にとって令和二年は「大変多難な年」であり、新年挨拶を欠礼した旨が記されていた。 (て 21.02.03.)

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御降の白く舞ふ里家五軒     中村 迷哲

御降の白く舞ふ里家五軒     中村 迷哲 『合評会から』(日経俳句会) 方円 絵になりますね。暮らしは大変でしょうが、情景はとても美しい。 三代 景が浮かびます。白が穢れなき年の初めを強調し、家五軒の静けさと響き合っている。 双歩 たった五軒だけになった過疎地の正月。折から雪が降ってきた。舞台装置が幻想的で、悄然とした景色が浮かぶ。        *       *       *   「御降」は正月に降る雨、もしくは雪のこと。「家五軒」は正確に五軒というよりも、それほどの過疎という意味合いだと思うが、具体的にはどこなのだろう。この句を選んだ人はそれぞれが、自分の経験や記憶にある映像を辿って、雪が舞う静かで美しい集落を思い浮かべたようだ。  筆者は何となく飛騨の白川郷をイメージした。合掌造りの集落に、暮れからずっと降り続けている雪が元日の今日も舞っている、というような景だ。ただ、白川郷は百軒ほどの大きな村だ。あるいは、NHKの「ゆく年くる年」のロケ地の一シーンだろうか。いずれにしても、雪がすべてを浄化してくれるような、「御降」に相応しい舞台である。 (双 21.02.02.)

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御降や立往生に蕪鮨       堤 てる夫

御降や立往生に蕪鮨       堤 てる夫 『この一句』  今年の正月、関東地方はよく晴れたが、上信越・北陸方面は大雪となった。住民は屋根の雪下ろしや道路の除雪に追われ、正月気分に浸るどころではない。鉄道は遅れ・運休が相次ぎ、高速道路では千台近い車が立ち往生した。北国の人たちにとってはとんだ御降である。 掲句は雪で長時間閉じ込められた乗用車やトラックに、地域の人たちが食べ物や飲み物を差し入れている情景を詠む。テレビニュースで見て、雪国の住民の暖かい人情に心を打たれた人も多いと思う。作者はそこに蕪鮨を登場させ、句をさらに印象深いものにしている。 蕪鮨はかぶらの間にぶりの切身を挟み込み、麹で発酵させた馴れ鮨の一種。旧加賀藩領であった石川県や富山県西部の伝統料理で、金沢では正月料理として親しまれている。独特の風味があり、皿に盛られた白色のかぶらと麹は雪景色を思わせる。パンやおにぎりに加え、蕪鮨を差し入れたのは、少しでも正月気分を味わって貰いたいという、もてなしの心であろう。 この句は御降、立往生、蕪鮨の三つの言葉を並べただけで、情景がすぐに浮かんでこないという意見があるかも知れない。しかしそこに雪国という横ぐしを通すと、雪と共に生きる人々の暮らしと人情が鮮やかに立ち上がって来る。 (迷 21.02.01.)

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