儚きは流行りの言葉年忘れ    徳永 木葉

儚きは流行りの言葉年忘れ    徳永 木葉 『この一句』  「年忘れ」は忘年会のことである。一年の労苦を忘れるとともに、無病息災で過ごせたことを祝う宴である。昨年末はコロナ禍のために、どこの会社やグループも忘年会を催せなかったところが多く、われらの句会も忘年会のない寂しい年末となった。  この句は季語である「年忘れ」に、「流行りの言葉」の儚さをかけている。いつから始まったものか、毎年流行語大賞なるものが発表されている。昨年は「3蜜」や「GoTo」などコロナ絡みの言葉や、「鬼滅の刃」「愛の不時着」などヒットした漫画やドラマのタイトルが選ばれている。もっとも、これらを覚えていたわけではなく、この原稿を書くためにネットで調べたもので、それでもこれらの流行語はまだ記憶に新しい。ところが一昨年はどうかというと、ほとんど何も思い出せない。かろうじて、確かラグビーのワールドカップがあったな、というぐらいである。 流行語でなくても、目にし耳にする多くの言葉が、すぐに忘れ去られて行く。世の中の流れが早いということもあるのだろうが、それ以上に言葉がまるで泡のように、フワフワ浮かんで消費され、捨てられることに起因しているような気がする。錘をもたない言葉が世の中にあふれ、意図して忘れることをせずとも、儚く消えて行く日々である。そしてなによりも、浮遊する言葉が、洋の東西を問わず、為政者の愚民政策の道具にされているのを目の当たりにする日々である。田村隆一に倣って「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」と、ふと呟い…

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