柿の樹の紅葉眺めつ朝ご飯 井上 庄一郎
柿の樹の紅葉眺めつ朝ご飯 井上 庄一郎
『この一句』
窓外の美しく紅葉した柿の葉を眺めながらゆっくりと朝御飯、と言っているだけの句である。意地悪な言い方をすれば、「そうですか、それは結構でした」という返事が聞こえて来る句、ということになる。
文字通り日常茶飯事をすらりと詠んだ句だから、これでもかと趣向を凝らした句がひしめき合う句会では埋没してしまいがちだ。実際、句会では誰にも取られなかった。かく申す筆者も見逃してしまった。しかし、作品集としてまとめられたものを改めて読み直すと、「柿の樹の紅葉」という一見まだるっこい読み方がなかなかのもだと思えてきた。
おそらくこの柿の木はかなりの老木で丈も高いに違いない。それが朝御飯を食べる茶の間か食堂から仰ぎ見るような位置に立っているのだ。作者にとっては長年の相棒のような樹なのだろう。
柿紅葉は実に美しく印象的である。大きな葉が黄色みを帯び、そのうちに赤みが差し、やがて朱色、紅色になるや、ぱらりと落下する。その成り行きを毎朝の「御飯」時に眺めているのだ。実に味わいがある。ましてや御年93歳の句会最長老の句と解って、己の鑑賞力の未熟を恥じた。この「朝ご飯」というさりげない言い方に気が付かなければいけなかったのだ。
(水 20.11.25.)