居眠りを誘ふ写経や障子の間   谷川 水馬

居眠りを誘ふ写経や障子の間   谷川 水馬 『この一句』  一読して頭に浮かんだのは、時は晩秋か初冬、所は京都や鎌倉の古刹の一室、写し取っているのは多分、般若心経で、華厳経などではあるまい、ということだった。  ポカポカした小春日、静けさに包まれた場所に身を置き、ほっと一息となれば眠気も催すだろう。読経を耳にうつらうつらした覚えもあるだけに、この情景には合点が行った。  それにしても兼題の「障子」に「写経」を取り合わせた技には、意表を突かれた。きっと体験によるものだろう。障子の薄ぼんやりとした明るさには、心地よい眠りを誘うものがある。ただ「鏡の間」はあるものの、「障子の間」という言い方はしないのではないか。句意から推し量ると「白障子」あたりが適当ではないか。  ところで、風や寒さを防ぎ、光は採ろうという障子が出現したのは平安時代末期だとか。平清盛が安徳天皇に指で穴を開けさせたという話も残っている。とはいえ、庶民の暮らしに入って来たのは江戸も中期だった。現在は生活の洋風化を受けてカーテンやブラインドが全盛、一般住宅に障子は少なくなっている。畳も襖もまた…。 (光 20.11.17.)

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