開墾のひとちりぢりに蕎麦の花  廣上 正市

開墾のひとちりぢりに蕎麦の花  廣上 正市 『この一句』 飢饉や災害に備えて栽培されるものを救荒作物といい、蕎麦や稗(ひえ)、粟(あわ)、さつま芋などが知られる。中でも蕎麦は寒冷地でもやせた土地でも育ち、種をまいてから75日で収穫できるため代表的な救荒作物として、奈良時代から栽培されてきた。 東北や北海道では米が採れない時代は、蕎麦や稗が主食となってきた歴史がある。山や原野を切り開く開墾地では、収穫の早い蕎麦がよく植えられた。句に詠まれたのも、先人が蕎麦を食べ、稗をすすりながら土地を開いてきた場所であろう。それが時代の移り変わりで農業が立ち行かなくなり、住民がひとり二人と村を離れ、守り継ぐ人がいなくなった。「ひとちりぢりに」という平仮名の中七が、時の流れを感じさせ、誰もいなくなった開墾地が浮かんでくる。 その無人の開墾地に、昔植えられた蕎麦が白い花を付けている。わずか17文字の句だが、明治から現代に至る壮大な開拓ドラマを見る思いがする。作者は北海道で生まれ育った。「はまなすや指呼の国後島茫とあり」など故郷を詠んだ句も多い。開墾地の栄枯盛衰を実際に目にしてきたであろう作者だから詠めた佳句といえる。 (迷 20.10.14.)

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