落雁のほろろと溶けて竹の春 向井 ゆり
落雁のほろろと溶けて竹の春 向井 ゆり
『季のことば』
竹は春に子供(タケノコ)が産まれ育ち、それに養分を取られてしまうためか生気を無くし、古い下葉が茶色くなって落ちる。そして夏場、筍は一人前の若竹に育ち青々と茂り、親竹の方も元気を取り戻して、秋も半ばになると新しい枝葉を茂らせる。他の草木と正反対である。万物が凋落して行く中で勢いを増す。これは面白いと、昔の俳人たちは「竹の春」という秋の季語を拵えて盛んに詠むようになった。
「竹の春」の頃おいは、暑くもなく寒くもない、まことに心地良い季節である。同じ頃の季語に「爽やか」とか「秋高し」「天高し」といった季語がある。そうした秋晴れの気持の良さをストレートに述べる季語に対して、「竹の春」は、竹という他の樹木とは異なった性質の植物の様子を言って、静かでのんびりとした秋のもう一つの顔を表している。
この句は「竹の春」という季語の感じを、落雁という古風な菓子と取り合わせて上手に詠んでいる。落雁は米や小豆の粉と砂糖を混ぜて練り合わせたものを型で抜いて、焼き上げた干菓子。口に含むとほろりと溶けて、口中に甘く香ばしい香りが広がる。確かに竹の春にふさわしい。
(水 20.10.11.)