居待月じっと見上げる鬼瓦    中嶋 阿猿

居待月じっと見上げる鬼瓦    中嶋 阿猿 『季のことば』  居待月(ゐまちづき)は旧暦八月十八日の夜の月のこと。十五夜を過ぎると月の出は徐々に遅くなり、細って行く。昔の人は名残を惜しみ、「立待ち、居待ち、寝待ち、更待ちと、月を待つ心の有様を人の仕草で表した」(水牛歳時記)。月を待つのは人であり、その様子や心情を詠んだ句が多いが、この句は鬼瓦を登場させる。  居待月をじっと見上げているのは誰だろうと思って句を読むと、予想もしない鬼瓦が出て来る。その意外性が句の眼目といえる。さらに月を見上げている鬼瓦を想像すると、今度はしみじみとした感慨が湧いてくる。屋根に座して宙をにらむ鬼瓦が、居待月にぴたりはまっている。  鬼瓦は屋根の端に雨水仕舞いのために置かれる装飾瓦で、魔除けとして鬼の顔を彫り込んだものが室町以降に普及したといわれる。城や寺院でよく見かけるが、デフォルメされた鬼の表情は様々で、どこか愛嬌もある。作者の自句自解によれば、この秋に滋賀を旅した時に宿から眺めた月と、近江八幡の「かわらミュージアム」で見た鬼瓦から着想したという。 鬼瓦と月の意表を突く組合せに、迷わず点を入れた。「じっと」の表現からは、屋根に縛り付けられた身で月を見上げる無念の思いも滲んでくるようだ。奥行きの深い句である。 (迷 20.10.09.)

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