蜩や木霊木霊す円覚寺 印南 進
蜩や木霊木霊す円覚寺 印南 進
『この一句』
句の眼目は「木霊木霊す」だと思う。木霊(こだま)が、こだまとなって還ってくるのだ。場所は鎌倉の名刹・円覚寺。横須賀線の北鎌倉駅で降りれば、目の前である。谷戸(やと)と呼ばれる鎌倉独特の谷間の中、山門から仏殿、大方丈などが、上り坂添いに続いている。作者はその道をたどりながら「カナカナ」という蝉の声を聞いた。
蜩(ひぐらし)だ、と思う間もなく、遠くから「カナカナ」の声が返ってきた。「こだまが返って来た」と判断したが、別の蜩の声が遠くから聞えて来たのかも知れない。ふと、気づけば「カナカナ」の声が、あちらからもこちらからも、遠くからも近くからも・・・。日暮れも間近な頃、まさに蜩の合唱であり、こだまがこだまを返しているようでもある。
左右は鬱蒼とした杉林が続く。陽は西に傾き始め、苔に覆われた地面に木漏れ日がぽつりぽつりと散らばっている。作者は句をひねりながら、「こだま」は仮名表記にするか、漢字の「谺」とするか、と考えた末に「木霊」で行こう、と決めたのではないだろうか。蜩の鳴き声のみが響く古刹の境内なのだ。作者でなくても「木霊がベスト」と思うはずである。
(恂 20.10.05.)