藤袴咲いた咲いたよ妻の声    堤 てる夫

藤袴咲いた咲いたよ妻の声    堤 てる夫 『この一句』  十七文字の俳句。一字の違いが天と地ほど作品の印象にとどまらず、出来具合をも左右するのだと感じたのが掲句である。中七「咲いた咲いたよ」のことである。もし「咲いた咲いたと」となっていたら、「よ」と「と」たった一字の違いながら句の印象と出来具合は大きく変わって来た。「咲いたと」と叙述的な言い回しではなく、話し言葉の「咲いたよ」だから句が生き生きと目と耳に飛び込んで来ると思うのである。作者の妻の声音や姿形まで「よ」の一文字であらわになったといって言い過ぎではない。芭蕉の言であったか、四十八文字すべて切れ字になるということを読んだ記憶がある。この「よ」はまさしく切れ字であり「と」より強く中七を切っており、しかも句にそこはかとない情緒を呼び込んでいる。  筆者は、結構な庭をもつ信州上田の作者の家も、奥方をもよく知っている。それゆえ、先に述べたように感じるのではないかという疑問もあろうかと思う。それを全部否定はしないが、ことはあくまで一字の違いによる句の完成度である。重ねて言えば、「咲いたと」したら残念ながら新鮮味はなかったろう。印を付けておきながら採らなかったのを悔やんでいる。 (葉 20.09.14.)

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