するするっと胡麻粒の蜘蛛成長期 大平 睦子
するするっと胡麻粒の蜘蛛成長期 大平 睦子
『この一句』
生まれて間もない蜘蛛の子を詠んだのだろうか、真に珍しい句である。夏場、蜘蛛の巣の真ん中に母蜘蛛が大きな卵嚢を背負ってうずくまっている。時至り卵嚢が破れ、蜘蛛の子がわっと溢れ出し四方八方に散って行く、これが「蜘蛛の子を散らす」である。その後の蜘蛛の子の行方は杳として分からない。しかし、屋内によく現れるハエトリグモだとこの「成長期」の蜘蛛の子が見られる。
ハエトリグモは一センチたらずの小さな蜘蛛で、巣を張らずに生垣を敏捷に動き回って小虫を補食している。家の中にもよく入って来て、台所の窓やトイレの壁などを這い回り蠅やダニなどを取る。時に仲間に遭遇すると両前足を振り上げながら縄張り争いの喧嘩を始める。昔は横浜をはじめ神奈川県各地にこのハエトリグモを飼って、持主が互いの蜘蛛を戦わせる遊びがあった。私たち浜ッ子はハエトリグモなどと言わず「ホンチ」と呼んで、それぞれ秘蔵のホンチを育てていた。駄菓子屋にはボール紙でできた二センチ四方ほどの飼育箱と、戦闘舞台となる上面にガラスをはめ込んだ蓋のついた箱が売られていた。
このホンチの子供が私の書斎にはしばしば紛れ込む。とてもすばしこい。掃除の行き届かない上に飼猫のねぐらにもなっているから、多分、目に見えないダニなどがうようよしているに違いない。ホンチの子供たちはそれをせっせと食べて育つのだろう。時々、こんなに大きくなりましたとパソコンモニターの上をぴょんぴょん跳んだりする。
(水 20.0…