楼蘭の砂中の遺跡夜這星     大下 明古

楼蘭の砂中の遺跡夜這星     大下 明古 『合評会から』(日経俳句会) 睦子 シルクロードの要衝、ガンダーラ文化の遺跡には月や星が自然と結びつきます。 鷹洋 真夏の夜空のロマン。楼蘭の莫高窟をラクダが行く、空に流れ星。 木葉 流れ星に相応しい舞台。砂に埋もれた遺跡が物語を紡ぎムード満点。 迷哲 砂に埋もれ崩れゆく古代遺跡。星の流れに、悠久の時の流れを実感。 冷峰 戦さで桜蘭は滅び西夏が覇者となる。井上靖で西域ものに目覚めた。 操 タクラマカン砂漠に残る楼蘭遺跡、壮大な情景に渡る流れ星。 雅史 砂漠に王国の栄華をしのぶ。 その時、流れ星。 ロマンを感じます。 水馬 まさに悠久という言葉がぴったりのスケールの大きさが良い。 芳之 平山郁夫の「楼蘭遺跡」と言えば月ですが、流れ星が名脇役に。 正市 悠久の流れ星には楼蘭遺跡がふさわしくはないか。 明生 夜空に輝く満天の星、流れ星。壮大な景色を描いた絵を見るような句。 昌魚 遺跡と流れ星との対比が素敵ですね。 而云 夜這星の歴史は人類の歴史でもある。 ゆり 想像ですが、夜這星に一番似合った景色かと。            *       *       *  8月の例会で14点という圧倒的人気を博した句。長くなるので、一人一行ずつ選評を紹介させてもらった。得心したのは最後の二人の発言。〝歴史は夜作られる〟ということか。 (双 20.09.08.)

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無言館訪ふ人のなく秋の声    高井 百子

無言館訪ふ人のなく秋の声    高井 百子 『合評会から』(日経俳句会) 鷹洋 かつて吟行で訪れた無言館の今日を寂し気に伝えています。無言という雄弁で平和の大切さを訴えている。 睦子 外出自粛を決めている夜、Eテレ・日曜美術館「語り続ける戦没画学生」で作品集を見ました。作品の劣化、作者の思いなどなど。熱帯夜に秋の気配を感じました。 昌魚 無言館には伺ったことがありますので、人が少ないのは寂しいことです。 正市 敗戦忌前後の参拝の列が一巡した、あの打ち放しコンクリートの空間。上田の山から秋の声が聞こえる。           *       *       *  令和2年秋の上田・無言館を詠んだ。作者は地元塩田平に住み、訪れる人を案内してこの美術館にもう何十回足を運んだのだろうか。「今年は(コロナ禍で)客足がさらに遠のいて、寂しい限りです」と言う。あの丘の雑木林が秋風にそよぎ、無人の無言館のほとりに佇めば、聞こえて来る「秋の声」はまさに「鬼哭啾々」であろう。 (水 20.09.07.)

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雲乱れ赤く染まりし盆の月   高橋ヲブラダ

雲乱れ赤く染まりし盆の月   高橋ヲブラダ 『季のことば』  「盆の月」とは盂蘭盆会の満月を言うのだが、これは元より旧暦のお盆(旧7月13〜15日)である。しかし旧暦7月15日は毎年日取りが変わってしまう。令和2年は9月2日だった。折柄の台風9号は九州北部をかすめて朝鮮半島へ去ったが、その余波で関東も雲が多く、盆の月は切れ切れに顔をのぞかせる程度であった。この句は8月句会への投句で、当然のことながら、実際の盆の月の出る半月以上も前に作られたものだが、まるで見てきたかのように今年の盆の月を詠んでいるのが面白い。  今年の夏から初秋の天気は無茶苦茶であった。なんと梅雨が明けたのが8月1日(東京地方)である。その翌日から30℃、35℃を越える酷暑が続いた。それは未だに続いており、9月3日には新潟辺で40℃を越えた。一体、秋の涼風はいつ吹くんだとぼやいていたら、大型の台風9号、10号が熱風とともに押し寄せてきた。  それに覆い被さるように春先から続く「コロナ禍」である。お腹の具合が良くない首相は遂に任に堪えられず何もかも中途半端で下りてしまった。しかし一億二千万国民は下りようが無い。「これからどうなるの」と不安で霍乱を起こしそうである。お月様もちょっと不吉な赤っぽい色で雲間を見え隠れしている。 (水 20.09.06.)

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夜這星恥ずかしさうにすぐに消え 井上庄一郎

夜這星恥ずかしさうにすぐに消え 井上庄一郎 『季のことば』  「夜這星(よばいぼし)」は流れ星のこと。ほとんどの歳時記では流星の傍題となっている。流れ星がなぜ夜這星なのか。出題した大澤水牛さんによると、夜空の一角に突然現れて、あれよと云う間に落下し消えて行く流れ星は、あたかも恋い焦がれた女の所に深夜忍び込んで行く男のようだ、と昔の人は面白がったのではないかという。ずいぶん昔からある言葉だそうで、清少納言が『枕草子』で触れたり、野村胡堂の『銭形平次捕物帖』にも出てくるほど。「夜這い」は「婚」の字をあて、求愛の意で「呼ばう」から転じた言葉とも言われるが、現代では立派な犯罪だ。  さて、このユニークな季語を詠むにあたって、「夜這」に引っ張られて作句した人と、「流星」で詠んだ人、その両方にとれる詠み方などが混在した。掲句は明らかに「夜這」の方だ。夜這いが見つかってしまったので、恥ずかしそうに消えた、と夜這星を表現した。少年のような初々しさで、御年93歳の作とは思えないほど若々しい。昭和一桁生まれは、慎み深い方が多いのだろう。  別の一句。中嶋阿猿さんは「来ぬ人を迎へにゆくや流れ星」と詠んだ。来ないならこちらから迎えに行こう、とこちらは積極的だ。様々なキャリアを積んだ現代女性の作、というイメージが浮かぶが、「流れ星」を選んだのが奥ゆかしいところ。 (双 20.09.04.)

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野の花のなかの碑流れ星     広上 正市

野の花のなかの碑流れ星     広上 正市 『季のことば』  花の咲き乱れる野中に文字の刻まれた碑(いしぶみ)があり、夜空に星が流れて行く、と言う句である。作者は以前からこの碑があることを知っていて、気になってはいたのだろう。散歩のついでに碑面を覗き込んだこともあった。何らかの文字が刻まれていたのだが、大半が摩滅していて意味を読み取ることは不可能である。  句会の兼題は「夜這(よばい)星(ぼし)」だった。珍しいし、難しい季語である。そして「夜這星」は季語「流れ星」の傍題なのだ。このような季語には大いに挑戦すべきだし、季語というものを考えるきっかけにもなる。しかし作者は「流れ星」と詠んだ。「いしぶみ」つまり文字の刻まれた石碑に相応しいのは? と考えた末の「流れ星」だったのだろう。  私はこの句会、夜這星を詠んだ最高点句にも一票を投じ、「夜這星の歴史は人類の歴史でもある」と感想を記したが、掲句については何も書いていない。そこで流れ星と人間の歴史を改めて考えてみた。夜這星は人間の本能に関わっている。一方、流れ星には人間の文化が絡んでいそうだ。「いしぶみ」の語感から生まれた連想でもある。 (恂 20.09.03.)

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するするっと胡麻粒の蜘蛛成長期 大平 睦子

するするっと胡麻粒の蜘蛛成長期 大平 睦子 『この一句』  生まれて間もない蜘蛛の子を詠んだのだろうか、真に珍しい句である。夏場、蜘蛛の巣の真ん中に母蜘蛛が大きな卵嚢を背負ってうずくまっている。時至り卵嚢が破れ、蜘蛛の子がわっと溢れ出し四方八方に散って行く、これが「蜘蛛の子を散らす」である。その後の蜘蛛の子の行方は杳として分からない。しかし、屋内によく現れるハエトリグモだとこの「成長期」の蜘蛛の子が見られる。  ハエトリグモは一センチたらずの小さな蜘蛛で、巣を張らずに生垣を敏捷に動き回って小虫を補食している。家の中にもよく入って来て、台所の窓やトイレの壁などを這い回り蠅やダニなどを取る。時に仲間に遭遇すると両前足を振り上げながら縄張り争いの喧嘩を始める。昔は横浜をはじめ神奈川県各地にこのハエトリグモを飼って、持主が互いの蜘蛛を戦わせる遊びがあった。私たち浜ッ子はハエトリグモなどと言わず「ホンチ」と呼んで、それぞれ秘蔵のホンチを育てていた。駄菓子屋にはボール紙でできた二センチ四方ほどの飼育箱と、戦闘舞台となる上面にガラスをはめ込んだ蓋のついた箱が売られていた。  このホンチの子供が私の書斎にはしばしば紛れ込む。とてもすばしこい。掃除の行き届かない上に飼猫のねぐらにもなっているから、多分、目に見えないダニなどがうようよしているに違いない。ホンチの子供たちはそれをせっせと食べて育つのだろう。時々、こんなに大きくなりましたとパソコンモニターの上をぴょんぴょん跳んだりする。 (水 20.0…

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新涼や久方ぶりの理髪店     髙石 昌魚

新涼や久方ぶりの理髪店     髙石 昌魚 『季のことば』  「暦が秋になってしみじみと感じる涼しさを、俳句や短歌の世界では『新涼』『秋涼し』『初めて涼し』と言う」(水牛歳時記)。立秋を過ぎてもまだ暑さが続く中で、ふと感じた涼しい気分が「新涼」である。  掲句の作者は、コロナ籠りで外出を控えていたのであろう。髪が伸びたため、意を決して行きつけの理髪店に出かけた。久しぶりの外出で、季節の変化を実感したのではなかろうか。公園で蜩の声を聞いたか、コスモスの花を見つけたか。「久方ぶり」という改まった表現の中七が、秋の気配を見つけた喜びと、髪を切ってさっぱりした気分の両方と、よく響き合っている。  理容・美容室の利用状況調査をネットで見ると、男性は2カ月に1回が44%と最も多く、1カ月に1回と、3カ月に1回がそれぞれ25%台で続く。60代以上に限ると44%が1カ月に1回以上利用しており、外出自粛で不自由をかこった人が多かったと想像できる。  91歳の作者が久方ぶりに訪れた店は、今流行りのカット千円のお手軽床屋ではなく、きちんとした理髪店であろう。顔そり・シャンプーまですませ、うなじの辺りに涼しさを感じながら、気分良く店を出る作者の姿が浮かんでくる。 (迷 20.09.01.)

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