夏山の小屋の夜に聴くシンフォニア 深瀬久敬
夏山の小屋の夜に聴くシンフォニア 深瀬久敬
『この一句』
「ドヴォルザーク?ワーグナーかな?山の夜にはしみじみと響くだろうな」(有弘)という評が寄せられた。そうした荘重な交響曲もいいかも知れない。しかし、作者は『アルビノーニのアダージョ』をシンフォニアというものだと思い込んでいるのだという。「山頂で星空を眺めながら聞いたら」と思いながらこの句を詠んだそうである。
バロック音楽のアルビノーニに想いを馳せてレモ・ジャゾットが1950年代に作曲したこのシンフォニアは、なるほどアダージョ(くつろぎ)と言う通り、ゆっくりとした旋律で聞く者の心を落ち着かせ、なだめてくれる。喘ぎ喘ぎ、振り絞る汗さえ無くなってしまったかと思われるほど、極度に消耗しきって山小屋にたどりついた。水を吞み、食事を採り、ようやく人心地を取り戻して吸い込む夜気と満天の星。イヤホンから流れ込むアルビノーニのアダージョは天恵の妙音に違いない。
「夏山の小屋の夜に聴くシンフォニア」という叙述は、「乙に澄ましてる」「エエカッコシイ」とからかわれ、場合によっては糞味噌にやっつけられる恐れ無きにしも非ずである。しかしこの句は、ためらわずに自分の思いを素直にすっと詠んだことによって、気持良く受け入れられる側に踏み止まった。
(水 20.08.21.)