ステテコの中途半端を愛しけり  玉田春陽子

ステテコの中途半端を愛しけり  玉田春陽子 『この一句』  「ステテコ」と「中途半端」。これまで俳句ではあまりお目にかかったことのない言葉に目が止まった。「ステテコ」は夏の季語である。変な言葉なので語源を調べてみた。諸説あるようだが、明治時代の落語家三遊亭円遊が始めた「ステテコ踊り」なるものが有力なようだ。夏目漱石は、『三四郎』の有名な「小さんは天才である」という文言の後に、「円遊もうまい」として「太鼓持」を演じる円遊を登場させ褒めている。また、『我輩は猫である』にも、「ステテコを踊り出す」という文言がある。漱石と子規が寄席通いの趣味で仲良くなったことは知られており、「ステテコ」なる奇妙な言葉はどうも近代俳句の黎明期に淵源する、というのはこじつけ過ぎか。  一方の「中途半端」。下着のようで下着でない、外着のようで外着でない、それを指すのだろうと目星をつけたが、作者の愛するステテコが、近頃流行りのカラフルなものか、植木等のコントに腹巻とセットで使われた白いステテコか、どちらなのかわからなかった。作者によればカラフルなステテコで、近所のゴミ集積所まではそのまま行くが、それより遠い場所に行くのは気がひけるとのこと。  実証主義の筆者は改めて店頭で今時のステテコを見てきた。外観は少し長めの短パン。広重の五十三次柄やトロピカル柄などもある。言われなきゃステテコとは気がつかない。春陽子さん、図書館に行くのも飲み屋に行くのもまったく問題ありませんよ! (可 20.08.31.)

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百日紅路上に落ちて紅きまま   鈴木 雀九

百日紅路上に落ちて紅きまま   鈴木 雀九 『この一句』  「暑い暑い」と喘ぎながらアスファルト道を辿っていたら、真紅の花びらがいっぱい散らばっている。見上げると百日紅が満開。我が家から最寄りの私鉄駅に至る狭い裏通りで夏の盛りによくぶつかる情景だ。木でも草花でも、花びらは散ると萎れるのが普通なのだが、百日紅はいつまでも形を保っている。それが暑苦しさを増すようでもある。この句はそうしたうんざりするような気分を如実に表している。  しかし、百日紅という樹木のしたたかさには感心する。「散れば咲き散れば咲きして百日紅」と北陸金沢の加賀千代女(1703─1775)が詠んでいるように、7月から9月まで炎天下に咲き続ける。それほど強そうにも思えない木なのだが、つくづく眺めれば、やはりかなりの強かさだ。幹は大して太くならず、くねくねと何本かに分かれて主幹は最大で高さ五メートルほどになろうか。年取ると樹皮が剥がれてすべすべになる。「サルスベリ」と言われる所以である。  そしてぎらぎら照りつける中で、怖めず臆せず咲き継いで行く。大言壮語しながら、何もかも中途半端のまま、体調不良を理由に重責を放り出したソーリは床の間にこの一枝を生けたらいかがか。 (水 20.08.30.)

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黒い雨浴びて八十路の広島忌   徳永 木葉

黒い雨浴びて八十路の広島忌   徳永 木葉 『この一句』  8月6日の広島上空で「リトル・ボーイ」が炸裂した後、煤などを含む黒い雨が降った。放射能雨の被曝被害者をどう救済するか。被爆から75年、被爆者援護法の適用を求めた集団訴訟提訴から5年、広島地裁は7月29日、黒い雨の「大雨」地域にとどまらず、「小雨」地域も援護法の適用対象とする判決を下した。しかし国と県・市は控訴の手続き。原告84人(物故者16人を含む)、援護法の対象となる癌などの特定疾病を現に発症しているのに、なんとも不条理な話だ。  「黒い雨」は井伏鱒二の長編小説。被爆者の男性と原爆症を患った姪を巡る記録文学は1965年(昭和40年)から翌年秋まで雑誌連載が続いた。この原作を映画化したのは今村昌平監督。1989年(平成元年)の日本映画ベスト・ワンに輝いた。昭和期話題の題材が令和の世になっても決着しない現実は哀しい。「大雨」「小雨」の線引きで、援護の規模を抑制してきた行政が腹立たしい。GoToトラベルに1兆3500億円を用意する安倍政権。ああ!  淡々と詠んでいる作者、心の内には怒りが充満しているに違いない。八十路を生きる御仁の平安を祈るばかりである。 (て 20.08.28.)

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伝はらぬ届かぬ声や原爆忌    水口 弥生

伝はらぬ届かぬ声や原爆忌    水口 弥生 『この一句』  「核兵器」が「悪」であることは、思想信条の違いを越えて誰もが認めている。一瞬にして何十万人を殺してしまう兵器などあってはならない。にもかかわらず、核兵器を保有する国が徐々に増えて行く。  「なんとかしなければいけない」という声が盛り上がって、1970年には国連による核拡散防止条約(NPT)が発効(2015年に無期限延長を採択)した。「1966年末現在既に核兵器を保有している米、露、英、仏、中」は保有を認めるという実に理不尽な条約ではあるが、とにかく、これ以上、全世界が核兵器開発競争などを始めないようにという抑止力にはなった。しかし、その後、「核兵器を保有または開発しているのではないか」と疑われる国が、イスラエル、イラン、北朝鮮など続々と現れ、NPTの再検討会議が再三開かれたが、なかなか結論が出ない。殊に2015年にオーストリアが提案した「核兵器禁止文書」の採択に、なんと、唯一の被爆国である日本が賛同しなかった。近隣に中国、北朝鮮、ロシアと核保有国があり、それらから国を守るため「アメリカの核の傘の下」に入っているからだというのが理由である。  毎年、原爆忌が廻って来るたびに、核兵器の悲惨さとその廃絶が叫ばれるが、その思いは「伝はらぬまま届かぬまま」75年たってしまった。そうした思いを俳句にすると、どうしても理屈っぽくなってしまいがちだが、「敗戦忌」と共に詠み繋いで行くことが大切だ。 (水 20.08.27.)

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原爆忌一秒前と一秒後      星川 水兎

原爆忌一秒前と一秒後      星川 水兎 『この一句』  この句を読んで真っ先に一本の映画を思い出した。『TOMORROW 明日』という昭和63年夏公開の黒木和雄監督作品だ。舞台は長崎。昭和20年8月8日のある一家を中心とした人々の悲喜こもごもの暮らしを描く。原作は井上光晴の『明日 一九四五年八月八日・長崎』。  戦時下、つましい結婚式を挙げる若い二人。式の最中に急に陣痛に苦しむ新婦の姉。式の帰り道、呉に行った恋人が音信不通と友人に打ち明ける新婦の同僚。一家も一家を取り巻く人々も、それぞれの昭和20年8月8日を淡々と生きている。翌朝、姉は難産の末、無事男の子を出産する。そうして迎えた9日午前11時02分。映画はここで終わる。恥ずかしことに、ほとんど覚えてないのでもう一度おさらいしてみたが、細部はともかく観終わった後のやるせなさは、今でも鮮明に覚えている。  掲句は、「なにげない当たり前の日常」が、ある一瞬を境に一変するさまを詠んだ。大量殺戮兵器が炸裂する直前と直後を。多少、理が勝っているのか選んだのは筆者も含め男ばかりだったが、内容は深い。重いテーマ、重い季語だが、「終戦日」とともに「原爆忌」も毎年詠むべき、とは句会の兼題を担う大澤水牛さん。なにげない日常、のありがたさはコロナ禍の今、一入だ。 (双 20.08.26.)

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悲しみは赤錆となり原爆忌    岩田 三代

悲しみは赤錆となり原爆忌    岩田 三代 『この一句』  戦争や大震災など民族共通の体験・記憶を語り継ぐことは、人間の根源的な営みであり、また義務でもある。広島と長崎に筆舌に尽くせぬ苦しみをもたらした原爆も、直後から語られ、記録され、描かれ、表現されてきた。俳句もその一翼を担う。「弯曲し火傷し爆心地のマラソン 金子兜太」「子を抱いて川に泳ぐや原爆忌 林徹」などの句が知られる。  被爆から75年が過ぎ、直接の被害者は大半が亡くなり、戦争を体験した世代も少なくなっている。災厄を語り継ぎ、平和を祈る営為は、若い世代が引き継いで行かなくてはならない。日経俳句会の8月例会に「原爆忌」の兼題が出されたのも、戦争を知る世代である出題者のそうした思いが反映されたものであろう。  掲句はその中で最高点を集めた。赤錆は75年の時の経過を象徴している。原爆のもたらした惨禍、悲しみは時を経て錆となろうとも消すことはできない。風雪に耐える原爆ドームの鉄骨のイメージとも重なる。「赤錆となり」という措辞は、風化を連想させる表現でもあるが、戦後生まれの作者は風化させてはならないという思いを、逆説的に強調したかったのではなかろうか。 (迷 20.08.25.)

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カルヴァドス含めば甘し夜の秋  廣田 可升

カルヴァドス含めば甘し夜の秋  廣田 可升 『合評会から』(番町喜楽会) 水牛 カルヴァドスは林檎のブランデーで、いいものはコニャックより美味しいですね。昔(日経新聞のプラハ特派員時代)、パリ特派員だった村瀬君を訪ねてはよく飲みました。 水馬 カルヴァドスではありませんが、若い頃、海外出張に行って、上司に教えられた寝酒のグラン・マルニエのことを思い出しました。元大酒飲みとしては採らないわけにいきません。 可升(作者) 今年はどこにも旅行に行けず、昨年の夏パリで買って来たカルヴァドスを飲んでいます。           *       *       *  世の中はコロナウイルス跋扈による「三密」防止で、「接待を伴う飲食」なんぞは論外。となれば、友人らと食事に舌鼓を打ち、食後酒を片手にゆったり会話を楽しむ、などという時間・空間は無いものねだりになった。そういう時代だけに「含めば甘い」カルヴァドスに強く惹かれる。 「夜の秋」というのは、晩夏の秋めいた感じのする、涼しさの募って来た夜のこと。人恋しくなる季節でもある。もうすぐ本格的な行楽シーズン到来だ。海を越えず、国内であっても、各地の地酒や郷土料理を自由気儘に楽しめる社会に早く戻ってほしい。 (光 20.08.24.)

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父の忌は二八新蕎麦越の酒    前島 幻水

父の忌は二八新蕎麦越の酒    前島 幻水 『合評会から』(番町喜楽会) 青水 命日に集まってというよりは、一人で飲んでいる感じもします。詩情のある句です。 命水 息子さんの父親に対する感情がよく表れている句だと思います。 春陽子 兼題が「新蕎麦」なので、きっと酒と組合わせた句が出るのだろうと期待していました。そんな中で、この句の「二八新蕎麦越の酒」の調子の良さに惹かれました。 可升 最初、出来過ぎ、まとまり過ぎの句のような印象を持ちましたが、舌にのせてみると如何にも心地の良い句なのでいただきました。           *       *       *  父親の命日に蕎麦屋でひとり静かに偲んでいる景が浮かぶ。ちょうど新蕎麦の出まわり時期で、とれたての味と香りを肴に、新潟あたりの辛口の酒を汲んでいる。しみじみとした心情を詠んでいるが、句の印象は明るい。「にはち・しんそば・こしのさけ」という畳みかけるようなリズムの良さが、新蕎麦の爽やかさと相まって心地よい。句会では新蕎麦の兼題句で最高点を得た。  作者によれば、父親は蕎麦と酒が好きで、「蕎麦は二八」が口癖だったという。酒はほとんど飲まないという作者だが、新蕎麦と酒をさらりと詠み込み、軽やかな追慕句となった。 (迷 20.08.23.)

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夏山の小屋の夜に聴くシンフォニア 深瀬久敬

夏山の小屋の夜に聴くシンフォニア 深瀬久敬 『この一句』  「ドヴォルザーク?ワーグナーかな?山の夜にはしみじみと響くだろうな」(有弘)という評が寄せられた。そうした荘重な交響曲もいいかも知れない。しかし、作者は『アルビノーニのアダージョ』をシンフォニアというものだと思い込んでいるのだという。「山頂で星空を眺めながら聞いたら」と思いながらこの句を詠んだそうである。  バロック音楽のアルビノーニに想いを馳せてレモ・ジャゾットが1950年代に作曲したこのシンフォニアは、なるほどアダージョ(くつろぎ)と言う通り、ゆっくりとした旋律で聞く者の心を落ち着かせ、なだめてくれる。喘ぎ喘ぎ、振り絞る汗さえ無くなってしまったかと思われるほど、極度に消耗しきって山小屋にたどりついた。水を吞み、食事を採り、ようやく人心地を取り戻して吸い込む夜気と満天の星。イヤホンから流れ込むアルビノーニのアダージョは天恵の妙音に違いない。  「夏山の小屋の夜に聴くシンフォニア」という叙述は、「乙に澄ましてる」「エエカッコシイ」とからかわれ、場合によっては糞味噌にやっつけられる恐れ無きにしも非ずである。しかしこの句は、ためらわずに自分の思いを素直にすっと詠んだことによって、気持良く受け入れられる側に踏み止まった。 (水 20.08.21.)

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ふたりいてひとりの孤独夜の秋  斉山 満智

ふたりいてひとりの孤独夜の秋  斉山 満智 『この一句』  「夜の秋」は晩夏の季語。炎暑の夏も8月に入ると、日が落ちた後は少し涼しく感じたりして、ふと秋の気配を感じる、というような心情的な季語だ。  掲句の「ふたり」は多分、男と女。なんだか冷めてしまったようだ。この句を選んだ一人、的中さんは「それにしても、深い孤独感ですね」と驚く。一方、「人生にはこういうことはよくあるよなあ、と思っていただきました。『夜の秋』にふさわしい」と可升さん。作者は、「人と一緒にいて寂しくないはずなのに、返って寂しさを感じる瞬間が『夜の秋』に通じるのでは」と言う。  この作者には心情を表した作品が多い。当欄に登場した句を拾っても「彼岸過ぐ心は冬に置いたまま」、「誰からも音沙汰なき日梅雨に入る」、「よしよしと自分なだめて春を越す」などなど枚挙に暇がない。読者は、その心の有りように共感するかどうかなのだが、呈示の仕方がいかようにも取れる絶妙な言い回しなので、つい気になるし、捨ててはおけない。句会でも話題になる句が多い。  巣籠もり生活が続き、仲違いする男女が増えていると聞く。果たしてこの「ふたり」、その後どうなったのだろうか。 (双 20.08.20.)

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