黒南風や磯の祠に一升瓶 嵐田 双歩
黒南風や磯の祠に一升瓶 嵐田 双歩
『この一句』
黒南風(くろはえ)は梅雨の時期に吹く南風のこと。太平洋沿岸の漁師はこの頃、厚く広がる梅雨雲を睨み、一人一人が大漁を祈っているのだろう。カツオやブリ、イサキ、アジ、さらに巨大なマグロやカジキの類・・・。彼らの獲物が黒潮に乗って南から次々にやってくる。黒南風の頃はまさに稼ぎの季節なのだ。
問題は潮の流れと天候である。絶好の条件に出会えれば、それこそ一攫千金。すべては海の神様、空の神様頼みである。そこで漁師たちは大漁と安全を祈って地域の神社や海辺の祠(ほこら)などに祈りとともに酒を捧げる。私はかつて伊豆の島の祠を覗き、この句とぴったり重なるほどの光景に出会っていた。
漁師らは「一合瓶なんざ酒のうちに入らない」とばかりに、どんと一升瓶を置き「頼むぜ、神様」と分厚い両の掌を合せるのだ。この句を見た途端、何十年も前に見た祠の様子がありありと甦って来た。置かれていたのは確かに一升瓶なのだが、日本酒ではない。島特産、焼酎の一升瓶が数本。黒南風の時期に何ともよく似合う、薄暗がりの情景であった。
(恂 20.07.10.)