黒南風や猫の身を寄す放置船   前島 幻水

黒南風や猫の身を寄す放置船   前島 幻水 『季のことば』  黒南風(くろはえ)とは、梅雨時の暗く陰鬱な空模様の時に吹く湿った南風のこと(角川歳時記)。字面からしておどろおどろしい感じがする。梅雨明けの頃に吹く白南風(しろはえ)の明るく晴れやかな印象と対照的だ。  黒南風の兼題を見た時に、その不気味な感じをどう表現するかがポイントだと考えた。掲句は黒南風に猫と放置船を取り合わせる。湿った風に雨の気配を感じ取ったのか、猫が海岸に放置された船に入り込み、雨に備えている。飼い猫であれば家に帰るので、放置船を棲みかとしている野良猫に違いない。「身を寄す」の表現が巧みで、黒南風のもたらす先行き不安感と、朽ちかけた放置船に頼らざるを得ない猫の身の上が重なり合う。  句会では「道具立てが揃い過ぎる」との評もあったが、黒南風のおどろおどろしさが上手に表現されていると思う。梅雨は日本列島に豊かな水をもたらし、作物の成長には欠かせないものだ。しかし人は身勝手なもので、感謝どころか長雨が続くと「うんざりだ」とぼやいたりする。濡れるのを嫌う猫もまた、ねぐらに身を寄せ、晴れた日の夢でも見ているのであろうか。 (迷 20.06.24.)

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