鮎来るや千曲は重機工事中    堤 てる夫

鮎来るや千曲は重機工事中    堤 てる夫 『この一句』  鮎の遡上は作者の住む長野県上田市周辺では、ことに季節を感じる景物なのだろう。作者は鮎を食べるのはあまり好きではないと聞いたことがあるが、それとこの句は別物。記憶にまだ鮮明に残っている通り、昨秋の千曲川べりは豪雨氾濫で大きな被害を受けた。堤防が決壊し多くの民家や田畑、果樹の水没はもちろん、上田から別所温泉に通じる私鉄の鉄橋まで崩落した。  それでも今年の鮎が千曲の急流に上って来た。しかし川の周辺一帯は堤防の工事やら鉄橋の架け替えなどの真っ最中。ブルドーザーやクレーンなど重機がうなりをあげているのだろう。そんな騒がしいなか、鮎が無事遡上を果たして、十分に川藻を食み産卵の目的を果たせればと願うのは万人の気持ちである。  この句は、岩がゴロゴロしている氾濫川にも間違いなく鮎が上ってきた喜びを「鮎来るや」の一言で、復活への万感の思いを表している。鮭と同様、鮎も生殖を終えれば一生を終える哀しみがあるが、それも自然の一つの摂理とするのは世の習いである。その一方では重機で日常生活を元に戻す工事が粛粛と進んでいる。自然と人の営みの対比を巧まず詠んで、平易な句ながら隙間がない。 (葉 20.05.31.)

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