癌という朧なものと共に生き 須藤 光迷
癌という朧なものと共に生き 須藤 光迷
『この一句』
「癌という朧なもの」の措辞に引き付けられた。文筆・評論家の江国滋さんが遺した「癌め」(富士見書房)を書棚から抜いた。食道癌で入院半年、転移と闘い力尽きた「癌闘病俳句」の545句から「朧の癌」を感じようと思った。手術四回の闘病生活は、未知なる病変、不安と恐怖、怒り、苦痛の凄さであり、朧なるものの正体だ。「敗北宣言」の前書き付きで「おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒」が辞世の句だった。
この句の作者と病気を話題にした事は無い。ただ日常会話の端々で、免疫力を高めて病気と闘う意気込みを感ずることがあった。淡々とした語り口が記憶にある。
正岡子規は晩年の著作で「禅の悟り」を記している。
「悟りとは如何なる場合も平気で死ぬる事、と思っていたが、それは間違いで、如何なる場合にも平気で生きる事であった」「どんな人生でも平然と静かに生きることこそ、悟りであろうということに気づいた」
脊椎カリエスに倒れた子規の晩年を支えたのは、生きるという強固な意志だった。この句の「共に生き」という決意表明につながる。
(て 20.05.19.)