堰越えの水の膨らみ冬をはる 廣上 正市
堰越えの水の膨らみ冬をはる 廣上 正市
『おかめはちもく』
灌漑用水路に堰を設けて水流を右や左に分岐したり、水位の高い方に送ったりする堰堤(えんてい)は稲作に必須の技術である。用水路には大、中、小たくさんの堰がある。高さ十五㍍を越すダムを大元とすれば、田畑の近くの小川のような流れの堰までさまざまだ。この小さい堰は、田植の前に「堰上げ」をする。堰の上に稲藁や石を積んで嵩上げし、水位を上げて全ての田圃にくまなく灌漑水が行き渡るようにする。堰より高い方向の水路にも灌漑水が流れる様は見事である。
さてこの句だが、「冬をはる」とあるから当然、冬から春にかけてのことだろう。しかし春先は渇水期であり、堰を越える水というのは、どうも合点がいかない。私の住む上田市塩田平の農耕地は米と麦の二毛作が中心。いま春先の田圃は葉を伸ばし始めた麦が青さを増して目にやさしい。しかし田圃の周囲の用水路に水は無い。季節が進んで田植前になると灌漑水が行き渡る。「堰越えの水の膨らみ」は田圃の息吹を感じさせるわくわくするような景色だが、もう少し先のことである。この句は下五「冬をはる」を改めて「堰越えの水」という素晴らしい措辞を生き返らせてほしい。
(て 20.03.02.)