いにしへのいくさのにはのしろすみれ 大澤水牛
いにしへのいくさのにはのしろすみれ 大澤水牛
『この一句』
平仮名だけで詠んだ不思議な味わいの句である。漢字だけの句はたまに見かける。この欄でも「右木曽路左伊那谷夏木立」(杉山三薬)が、半年ほど前に取り上げられている。しかし、平仮名だけの句は少なく、それが効果をあげている句はさらに少ない。仮名の柔らかさが、句の切れ味を損なう面があるからではないかと思う。
掲句は「いにしへ」、「いくさのには」と古語を平仮名で表現して、古戦場を優しく見渡し、そこに咲く「しろすみれ」も仮名にして可憐なイメージを際立たせている。作者によれば、吟行で訪れた八王子城址で見かけたアリアケスミレを詠んだもの。八王子城は小田原北條氏の支城で、主力が出陣中に秀吉軍に攻められて落城。将兵だけでなく婦女子も共に滅んだ悲運の城だ。平仮名の柔らかさが悠久の時の流れ感じさせ、可憐な「しろすみれ」に自刃したという姫君らが重なる。
頭韻を「い」で踏み、脚韻に「の」を揃えるいう技巧も重ねている。82歳の作者は「ちょっとやりすぎたかなぁ」と笑うが、そのチャレンジ精神と遊び心は年齢を感じさせない。
(迷 20.02.25.)