角巻や母の背に出す赤ほっぺ   工藤 静舟

角巻や母の背に出す赤ほっぺ   工藤 静舟 『季のことば』  「角巻(かくまき)」は、雪国特有の女性用の防寒着。簡単に説明すると四角い毛布を三角形になるように二つ折りし、その長辺をすっぽり頭から被って風雪から身を守る。赤子を背負い、ねんねこ代わりに使うこともあるという。「どてら」や「ちゃんちゃんこ」などと同じで、ダウンコートを纏った今の若い人には縁のない防寒用品だ。もっとも九州出身の筆者も実は角巻は馴染みがない。昔の写真集や映画などの映像でなんとなく見た事がある程度だ。今はもうあまり見かけないのかと思ったら、青森では角巻の文化を残し冬の観光資源の一つにしようと、「デザイン角巻」という現代風にアレンジした新作を毎年発表しているという。  青森出身の作者には、角巻は昔懐かしい原風景なのだろう。厳冬期が過ぎ、いくらか寒さが緩んだころ、母におんぶされた幼子が角巻から笑顔を出している景色が目に浮かぶ。筆者もそうだが、この句を採った人は角巻をよくは知らなくても、作者の郷愁の気持ちが心に響いたのだと思う。句の「赤ほっぺ」の子は作者自身かもしれない。その子の瞳には、きっと岩木山が映っているに違いない。 (双 20.01.08.)

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まな板の傷も古びし年の暮    星川 水兎

まな板の傷も古びし年の暮    星川 水兎 『合評会から』(日経俳句会合同句会) 弥生 とても作れない句です。ミクロな材料を丁寧に詠んでいい句です。 三薬 「男子厨房に入る」の爺さんの句だと思う。年の暮れに詠んだのは、そうだと思わせていい句。 阿猿 まな板の傷なんてあまり目の行かないところ。この季節に合っていて、買い替えたのかどうか関心があります。 可升 「傷」って、プラスチックじゃなく木のまな板なんでしょうね。 双歩 「まな板の傷」いいところに目を付けたものです。        *       *       *  忘年句会で評判になった句。忙しない歳暮、悔やみ惜しむ事の多い年の暮れ、来る年に希望を抱いて・・といった所が暮れの句会に集まる句なのだが、この句は「まな板の傷」という何とも地味なものを詠んで、却って人目を引くこととなった。合評会でも口々に目の付け所の良さが褒めそやされた。仕事をばりばりこなす人だけに、「まな板買換なきゃ」と思いつつ年の暮れになってしまったということなのだろうか。でもね、まな板の傷は主婦の勲章ですよ。 (水 20.01.07.)

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なまはげも老いの坂なり蓑重し  河村 有弘

なまはげも老いの坂なり蓑重し  河村 有弘 『合評会から』(三四郎句会) 雅博 なまはげをやる人は年々年を取っていく。「蓑重し」。確かにあの蓑は重いでしょう。 信 男鹿半島の資料館で見た蓑はとても重そうだった。老人には堪えますよ。 正義 多少の世代交代はあっても、なまはげの主体は老人です。あの蓑はずしりと来るはずだ。 有弘(作者) 雪の坂は特にたいへんだろうと思いました。 進 ユネスコ無形文化遺産登録のニュースを見て、後継者不足を感じた。地元の人には悩みがあるらしい。          *         *          *  ナマハゲは「男鹿(秋田)のナマハゲ」として国の無形文化財になっているが、ユネスコの無形文化財としては「来訪神、仮面・仮装の神々」として登録された。異形の仮面をつけて家々の厄払いをする民間行事は日本各地にあるようだ。「悪い子(ご)は居ねがー」。正月の夜に聞いた恐ろしい声は、大人になっても耳の底に残っているという。 (恂 20.01.06.)

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命名の筆の硬さよ初硯      高井 百子

命名の筆の硬さよ初硯      高井 百子 『季のことば』  初硯(はつすずり)は、歳時記によれば「正月になって初めて硯で墨をすること、またその墨で字を書くこと」。書初と同様に新年の季語だが、書初が書く行為や書いた字を詠んだ句の多いのに対し、初硯は「病床に膝揃へけり初硯 波郷」など硯に向かう心境や自然の営みを詠み込んだものが大半だ。  掲句は命名に臨む緊張感を、筆の硬さと、初硯の季語の静謐感に重ねている。今どきの親は、スマホやパソコンで名付け支援サイトにアクセスし、気軽にキラキラネームを付けていると聞く。命名に硯と筆を使うのは、やはり祖父母の世代であろう。  孫の健やかな成長を願って、硯に向かい墨を磨る。筆は命名用に新しく買ったのか穂先が硬い。「筆の硬さよ」の七文字から、孫の命名に対する真剣な思いと、喜びが伝わってくる。初硯の季語と響き合って、初春にふさわしい、誠にめでたい句である。  (迷 20.01.05.)

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一心に無病息災福詣       嵐田 双歩

一心に無病息災福詣       嵐田 双歩 『合評会から』(池上七福神吟行) 二堂 私も七福神に健康を祈ってきました。「一心に」がとても効いています。 実千代 一日一日が元気に過ごせますように。それが今一番大切な願いです。 光迷 もう健康以外何も祈るもののない年頃です。健やかに生きて、来年も元気に七福神吟行に出掛けましょう。 白山 世界も日本も今年どうなるか判りませんね。ただ祈るは無病息災だけ。 てる夫 まっとうに七福神にお参りしたのは誰だろう、と思った。一病息災とも言いますが…。        *       *       *  昨2019年の池上七福神吟行で詠まれた句である。合評会で交々述べられているように、祈るのは真っ先に「無病息災」。歳取ると誰もがそうらしく、共感を呼んで高点を得た。もうちょっと欲張ってあれこれ願っても良さそうにも思うのだが・・・。  今年の「七福神吟行」は旧東海道品川宿付近を巡る「東海七福神」で明日4日に挙行。20人もの大参拝団になるようだ。さてさてどんな句が出て来るか・・。 (水 20.01.03.)

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五色豆色それぞれの淑気かな   玉田春陽子

五色豆色それぞれの淑気かな   玉田春陽子 『季のことば』  「大旦」「御降」「喰積」「嫁が君」。いずれも新年の季語だが、俳句に縁がない人には何のことかチンプンカンプンだろう。読みと意味は、順に「おおあした(元日の朝のこと)」、「おさがり(三ヶ日に降る雨や雪)」、「くいつみ(今でいうお節料理)」、「よめがきみ(ネズミ)」。  他にも新年には難解季語がたくさんある。「淑気(しゅくき)」もそのひとつ。「新年の天地の間に漂うめでたい気配」で、字面からも何となく厳かな気分が伝わってきて、こんな難しい季語はどう詠めばよいのか。「水牛歳時記」をひもとくと、「適当な上五、中七に『淑気かな』と置けば何となく格好がつく」ようなことが紹介されていて、少し気が楽になった。  さて、掲句。京都の銘菓「五色豆」は誰しもご存知で、直ぐに形や食感が思い浮かぶ。白、青、赤、黄、黒の色それぞれに淑気が宿っていると言われれば、なるほどそうだと、つい一票。みんなもつられて高点句となった。デザイナーの作者には、小道具を巧みに配した洒落た句が多い。テーマを何にするか、アクセントをどこに置くかなどなど、きっと五七五全体を俯瞰してデザインしているのだろう。 (双 20.01.02.)

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初夢やあの世この世を行き来して   片野涸魚

初夢やあの世この世を行き来して   片野涸魚 『季のことば』  「初夢」は元旦の夜から二日朝にかけて見る夢とする説と、二日夜に見る夢だとする説があるが、まああまりうるさいことは言わずに、三が日に見た夢とでもしておいた方が良さそうだ。  この句は酔吟会という句会の最長老が昨年の新年句会に出して高点を得たものである。初夢の句というと、一富士二鷹三茄子をはじめ、目出度さを前面に押し出したものが多い中で、これはあの世とこの世を往来したという、びっくりするような中身である。合評会では「ドキッとしますね」という声もあったが、とにかく人目を引く。さらに、「あの世ではご両親や先に逝った仲良したちと歓談し、此の世では孫たちと遊び、実に羨ましい」と口々に褒めそやされた。  しかし、つらつら思うに、これほど目出度い句も珍しい。富士山どころか、あの世を悠々と経巡って戻って来たというのだから、まさに仙人の境地である。ご本人は「いやいや、酔っぱらって朦朧として見る夢です」としきりに照れていたが、近来ますます脱俗の雰囲気を漂わすその姿に、一同あやかりたいとの思いを深めたのであった。 (水 20.01.01.)

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明けましておめでとうございます

 双牛舎「みんなの俳句」は平成20年1月1日にスタートしましたが、平成31・令和元年の昨年は特に素晴らしい句が続々登場し、またコメンテーターとして気鋭の評者が沢山参加して下さったこともあって、非常に生きのいいブログに育ちました。  お陰様で来訪者が年々増加し、昨日令和元年大晦日には累計来訪者が何と11万9千8百人を突破しました。この調子だと新年早々に「累計来訪者12万人突破」ということになりそうです。令和2年も運営幹事一同張り切って相勤めます。どうぞご愛読下さるようお願いいたします。        *       *       * 《お願い》コメントをお書き下さい  太字になっている句(見出しの句)をクリックすると、その句だけのページになります。マウスを下にずらすと、「関連する記事」などの後に、「この記事へのコメント」という欄が現れます。右下隅に「コメントを書く」という欄がありますから、そこをクリックすると「コメント入力欄」が現れ、そこに「名前」(俳号でも)、メールアドレス、ホームページアドレス(無ければ空欄でいい)を記入し、その下の「コメント」とある空欄に書き込み、書き終えたら最下段の「書き込む」をクリックして下さい。あなたのコメントが掲載されます。  コメントを読みたい場合は、画面右側の三番目の窓(「リンク集」の二つ下)に「最近のコメント」が載っていますので、ご希望の句をクリックして下さい。その句のページが現れますので、スクロールするとコメントが現れます。        …

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