毀れゆく母いとほしき小夜時雨 大沢 反平
毀れゆく母いとほしき小夜時雨 大沢 反平
『この一句』
切ない句である。高齢になり認知症状の出てきた母親が、日ごとに自分を失っていく。それを「毀れゆく」と表現する。あまりに直截な言葉ゆえに、この句を採らなかったという人もいた。しかし作者はその母を「いとほしい」という優しい言葉で抱きとめる。認知症という現実に向き合いながら、母への愛を改めて自覚し、守って行こうという気持ちが伝わってくる。下五に置いた小夜時雨という風雅な季語が全体の印象を和らげ、しみじみとした雰囲気を醸している。
俳句は江戸の昔から花鳥風月の写生が王道である。しかし激しく変化する社会を直視し、事象と心情を表現するのも現代俳句の大事なテーマであろう。掲句は高齢化社会の現実と当事者の心情を十七文字に凝縮した秀句といえる。
認知症に限らず介護問題を抱える家庭は多い。親と子、夫と妻、義父母と嫁、介護の形や事情は様々だが、悩みと苦労は共通する。この句が日経俳句会の11月例会で最高点を得たのも、多くの人が作者の心情を「我がこと」と共感したからに他なるまい。
(迷 19.12.04.)