神の留守少し赤字のくらしむき 岡本 崇
神の留守少し赤字のくらしむき 岡本 崇
『季のことば』
「神の留守」とは俳句独特の言い回しで、神無月のこと。すなわち旧暦10月、現代の暦では11月にあたる。だんだんと年の終も見えてきて、さてさて今年はどうであったかをあれこれ考えるようにもなる。
年金暮らしの老人世帯で、もう大した買物をするわけではないから、ここ数年、家計は低位安定を保ってきた。それがここへ来て、孫の就職祝いや結婚祝い、自分たち夫婦の医療費、果ては先輩後輩の相次ぐ訃報にともなう香奠など、臨時出費が嵩んだ。今年の帳尻は少々赤字になるかなあ、などと踏んでいる。それでもまあ、ささやかな蓄えをちびちび削っていけば何とかなりそうだ。老妻との二人暮らしはまずは大丈夫かと、小春の日差しを浴びながら独りごちている。
この句は当初は、上五の「神の留守」(神無月)と「少し赤字のくらしむき」という中七下五とが、全然つながらないように思えた。しかし、何度か口ずさんでいると、何とも言えず「いいな」と思えて来る。何故いいのか分からないのだが、ほんわかとした感じが漂う。神様がお留守になっても何とかやっていますよー、という感じだろうか。
(水 19.12.08.)