秋深し何も語らぬ石舞台     中村 迷哲

秋深し何も語らぬ石舞台     中村 迷哲 『この一句』  奈良の明日香村にある石舞台は、大きな石を組み合わせた6世紀の古墳だ。元々あった盛り土は風雪に失われ、巨石の土台だけが残った。平らな天辺の形から石舞台とよばれ、観光名所となっている。蘇我馬子の墓という説が有力だが、詳しくは不明。ロマン溢れる遺跡ゆえか俳句にはよく詠まれている。  石舞台の俳句数ある中で、この句は中七の「何も語らぬ」が魅力的だ。当然ながら石は石のままで何一つ語りようがないが、見る人それぞれが感慨を受けるのだ。この句は、その当たり前の事実を改めて呈示したところが共感を呼んだようだ。  かつて、銀座一丁目にあった映画館「テアトル東京」で、筆者は『2001年宇宙の旅』というSF映画を観た。この映画にはモノリスという巨大な黒い石柱が登場するのだが、掲句を一読して真っ先にそのモノリスを思い浮かべた。この石柱は時空を越えて存在する不思議な物体で、太古の類人猿に啓示を与え、宇宙飛行士を異次元へと導く。石舞台もモノリスもただの石で、何も語らない。人間が勝手に何かを読み取るのだ。秋思の季節にふさわしい一句ではないか。 (双 19.11.11.)

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