柿食ひて悪ガキのやうな父の笑み 流合研士郎

柿食ひて悪ガキのやうな父の笑み 流合研士郎 『この一句』  柿を食べた父親が「悪ガキのやうな」笑みを洩らすとは、どういう情景なのだろう。いい年をしていつまでもガキ大将気分の抜けないお父さんが、勢い良く柿にかぶりついて大笑いという情景であろうか。それとも、かなり高齢で固いものを噛むのが苦手になっている父親が、好物の柿を食べて悪ガキに還ったような笑みを浮かべたという場面であろうか。  このあたりがよく分からなかったのか、句会では「よく分からない」というつぶやきが聞こえた。まさにその通り。今になって読み返してみてもどちらの句解が正しいのか判定できない。句を素直に詠めば「悪ガキ気分を残したオヤジ」の方に軍配が上がるのだろうが、もう柿を噛むのもようやっとの老いた父親が、今生の思い出として柿の味を楽しんでいるという見方も捨てがたい。  こんな風に、別々の受け取られ方をしてしまうことがあるのが、わずか17音しか無い世界最短の詩形の俳句の宿命である。しかし逆にまた、いろいろに解釈される「広がり」を持つところに俳句の面白さがあるのだということも言える。 (水 19.10.25.)

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