星月夜ブラックホールは何処かな 池内 的中

星月夜ブラックホールは何処かな 池内 的中 『この一句』  読んだと同時に深遠な世界に引き込まれ、しばし星座の中を漂った気分になった。言うまでもなく、秋の夜の景である。ただ、空に月はない。しかし、地上は煌煌としている。道行く人の影も濃い。満天に星が輝いているからだ。そして、その星と星の間に目を凝らせば、見えないものが見えてくる。ブラックホールである。  もとより、暗闇に浮かび上がったブラックホールは想像の産物である。だが、ひたすらその虚像に見入っていると、宇宙の起源や生命の誕生などへの想いが浮かんでくる。探査機の「はやぶさ」に小惑星「リュウグウ」…、日本の技術が宇宙で活躍している。「失われた二十年」というのは嘘のようだ。世の中は一体、どうなっているのか。  かつて「甘草の芽のとびとびの一とならび」なる句を巡って論争があったとか。もとより、身辺雑記の写生の句も悪くはない。しかしやはり、このブラックホールの広大無辺さにはかなうまい。蛇足的に注文をつければ、下五は「かな」という詠嘆あるいは疑問でなく、「何処にある」とぶつける方が現代的で、切れもいいのではないか。 (光 19.10.09.)

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