人もなき里は辛夷の盛りなり     岩田 三代

人もなき里は辛夷の盛りなり     岩田 三代 『この一句』  駅から徒歩一時間といった山間の村であろうか。バスも通ってはいるのだが、午前と午後に一本ずつのJRのジーゼル列車に合わせて走るだけである。乗客はまばら。それも老人が多く、みんな顔見知りだ。この句を見てすぐにこんな情景が浮かんだ。  21世紀に入ろうとする頃から地方町村の過疎化、大都市への人口集中が目立ち始め「限界集落」という言葉が生まれた。65歳以上が集落人口の過半数を占め社会的共同生活を維持して行くのが困難な状態に陥っている集落を言う言葉だ。国土交通省による数年前の調査ではそれが全国に7878集落(全集落の約13%)あり、いずれ消滅する恐れ濃厚なものが2643集落あるという。  作者は仕事か秘境探訪か何かでこうした集落を訪れたのであろう。人の気配の希薄な集落は、家が残っているだけに無闇に寂しい。その中で、辛夷の大木が一斉に花開いていた。往時はその木の下を行き交う村人たちの笑顔があっただろう。満開の辛夷を仰ぐ作者の耳には何の物音も伝わらない。静けさを通り越して身震いする感覚である。(水)

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