春光や太き大根直売所      石黒 賢一

春光や太き大根直売所      石黒 賢一 『季のことば』  句を見て春の光に輝く山積みの大根を心に描いた。ところが作者に聞くと「いや山積みじゃない。売り切れる数だけ並べているのだろう。数は少なかった」と言う。「そんなに正直に言わなくても」と私は思った。洗い上げたばかりの大根の山。その春の光は、季重なりなど、簡単に吹き飛ばしていく。  しかし作者は「本数は少ないが、一本の太さが凄い」と現場のありのままの姿を強調する。「作者を離れれば、句は読み手のもの」などと言われるが、作者の意図も尊重しなければならない。ところが私の頭には山積み大根の放つ春光が浮かんで来るのだ。この食い違いをどう調整すればいいのだろう。  私が大根の山を見たのは千葉県の冨里市だった。作者が句にしたのは東京・小金井市の道端に並べた数本の大根である。双方に敢えて折り合いをつける必要はないのかも知れない。作者は作者の、私は私の風景を思えばいいのだ。俳句は読み手のものでもあるが、やはり作者のものであるのだから。(恂)

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