雀の子そこは先生座るとこ     横井 定利

雀の子そこは先生座るとこ   横井 定利 『この一句』  都心はいわずもがな、郊外の住宅地でも雀の姿を見るのは昨今まれである。まして雀は、できるだけ猫、烏などの天敵や人間の目に付かない場所に営巣する。巣の中、あるいは巣立ち前の小雀を観察しようにもその機会は滅多にない。絶対生息数が減ってきているというが、農村に住めばまだまだ雀はお馴染みの存在だ。一茶の「雀の子そこのけそこのけ御馬が通る」は、その昔まさに目の前に見た通りの句だろう。  写生こそ本道と言われる俳句の本来を目指せば、わたしたち現代人は頭の中の雀の子を写生句としてしまいがちになる。ところがこの句は一茶句を踏まえながら、昭和のノスタルジーを感じさせる。昭和も高度成長期以前の学校風景。もちろん都会の小学校ではなかろう。村の分教場を思い浮かべる。周りは静かだしもとより空調設備などないから、教室の窓は開けっぱなし。そこに雀の子が何を間違えたか教壇に飛んできて横の椅子にちょこなんと。児童らの「だめだめ!そこは先生の場所」という制止の声まで聞こえてくる。「座るとこ」と話し言葉で止めたのも、雀の子らしく愛らしい効果を生んでいる。「令和」が始まり、昭和はさらに遠くなりにけりである。(木)

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