春浅きあったか便座につい長居     杉山 三薬

春浅きあったか便座につい長居     杉山 三薬 『この一句』  温水洗浄便座の普及で、冬場のトイレが実に楽になった。トイレの時代ごとの変わりようはかなりドラマチックである。江戸時代から明治時代の下町は棟続きの長屋が多く、十軒くらいが囲む中庭の中心に共同の井戸端があり、奥の隅に共同便所があった。昭和時代になっても相変わらず便所は共用というアパートが多かった。もちろんその頃の庶民住宅には風呂場は無く、住人はすべて銭湯に通った。  「内風呂(うちぶろ)」と言って、自宅に風呂があり、ちゃんとした便所のある一戸建て住宅を構えるのが下層から中流へ這い上がる「しるし」ともなっていた。もちろんその当時の便所は全て「汲み取り式」で、銀座から日本橋、青山通りにも特異な香りを振り撒きながら糞尿運搬車が走っていた。  1964年の東京オリンピック開催に当たって下水道が整備され、一挙に水洗便所が普及した。その後の日本のトイレ革命は劇的。今では腰を下ろした途端に換気装置が動き出し、便座は心地良い温みをもたらす。新聞などを持ち込んで坐ろうものなら、お父さんいつまでたっても出て来ない。(水)

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