春浅しこの先緩やかな上り     中嶋 阿猿

春浅しこの先緩やかな上り     中嶋 阿猿 『季のことば』  変わった句である。面白い句だとも思った。道を歩いていることは確かなのだが、町中の道なのか、大通りなのか、散歩道なのか、山道なのか、さっぱり分からない。なぜこの道を歩いているのか、についても思い描く手掛かりがない。そのようなことを敢えて意識して作った句なのだろうか。  抽象と具象について、こんな説明を聞いたことがある。「黄色いものがある」と言われて、漠然と黄色いものを思い浮かべられる人がいる。一方、卵の黄身を思い描く人がいる。前者は抽象派で、後者は具象派なのだという。私は後者である。物ごとはおおよそ、具象的に思い描かざるを得ないのだ。  句の作者はともかく歩いていている。そう思うだけで、想像はどんどん膨らんで行く。「この先緩やかな」とあるから、何度も歩いていて、よく知っている道なのだ。芽吹きの近い雑木林が浮かんできた。道は林に入っていく。まさに春浅き頃。汗のにじむ首筋に、風の心地よい季節でもある。(恂)

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