一福をめぐりめぐりて一万歩     塩田命水

一福をめぐりめぐりて一万歩     塩田命水 『おかめはちもく』  「めぐりめぐりて」のような言葉の重ね方が成功することもるが、失敗例も少なくない。この句の場合、失敗とは言えないが、効果が十分に表れていないと思う。七福神を「一福」ずつ廻って、ということだが、「一万歩」を結果として挙げ、「七福」の文字が出てこないのはもったいないではないか。  「みめぐりも一福とかや詣づべし」(大橋越央子)。これは向島・三囲(みめぐり)神社の恵比寿様だけをお参りしよう、という句だから、「一福」に必然性が感じられよう。掲句の場合も「一福」から七福に至ることはごく自然に理解できるが、それよりも効果的な詠み方が他にありそうである。  「めぐりめぐりて」と重ねず、「めぐり」だけで留めたらどうか。すなわち添削案は「一福をめぐり七福一万歩」としたい。曹禅寺の布袋尊に始まり、微妙庵の毘沙門天、本成院の福禄寿、厳定院の弁財天など・・・。本門寺とその周辺の福神たちを集めた「七福」こそがお参りの主役と思うのだ。(恂)

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小さき頃父と来た坂福詣り     池村実千代

小さき頃父と来た坂福詣り     池村実千代 『この一句』  日経俳句会、番町喜楽会の合同七福神詣吟行(一月五日)からの一句。東京・池上の本門寺を中心にした各寺を巡って一万歩余りを歩いた。本命の本門寺は周辺の商業地・住宅地から石段百段ほどを登った高台にある。周辺の寺院のいくつかを詣でた後、大本山の石段には一苦労の人も見受けられた。  作者は幼い頃、父上といっしょに池上の坂を上ったことがあった。その坂は本門寺の境内なのか、周辺の道路なのかは不明だが、「坂」の一文字によって、さまざまな景色が見えてくる。思い出の坂である。当たり前だが、傾斜のある道だ。幼い頃、寺を目指して坂を上っていったのだろうか。  この吟行に参加した人は「あの坂かな」などと思いを巡らせたに違いない。上り坂の先には空が見えただろうし、下りなら門前の商店街を通って行ったのかも知れない。お父さんと手をつないでいたのか。では、お母さんは? 読み手は自分に置き換え、いろんなことを考えてしまうのだ。(恂)

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故郷に夢置き忘れ冬夕焼     宇佐美 諭

故郷に夢置き忘れ冬夕焼     宇佐美 諭 『合評会から』 有弘 故郷、夢置忘れ、いい響きですね。「置忘れ」が生きていると思う。 敦子 故郷から都会へ、夢を抱いて出てきたのでしょう。長く都会に住んで、あの頃を思うと、夢が達成されていないな、という感じを受けます。 基靖 「冬夕焼」という言葉の中に故郷や置き忘れた夢が一つになっている。 崇 夢は故郷に置き忘れた、と作者はいう。自分の場合はどうか、と考える句ですね。 而云 いろんなことを夢見て上京して、現実と夢の違いは当然あるわけで、同じような思いは誰にもある。 諭(作者) 私の郷里は小田原で、富士山を毎日見るような生活でした。今は妻と二人だけの生活になって、ふと「あの頃の夢はどうしたんだろう」と考えることがあります。             *          *         *  「冬夕焼(冬茜)」は句会の兼題。各句を眺め渡すと、故郷、幼少の頃、上京、夢、懐かしさ、退職した現在など、人生を見つめるテーマに行き着くようだ。冬夕焼は夏の夕焼と似ていて、どこか異なるムードが感じられる。(恂)

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冬茜篭に入れてと孫ねだり     渡邉 信

冬茜篭に入れてと孫ねだり     渡邉 信 『季のことば』  この句、どういう場面なのか、と少し考えた。農村の冬の夕方だろう。西空に夕茜。孫が「篭(かご)に入れて」と祖父にねだった。野良仕事を終えた時だ、と気づき、様子が見えてきた。仕事を終えて、祖父らが「さあ帰ろう」と歩き始めたら、孫が「篭の中に入れて(家まで背負って行って)」と祖父にせがんだのだ。  秋の収穫後、春の種まきの前など、冬季の畑仕事もいろいろとある。保育園に行く前の子は畑に連れて行って、夕方まで近くで遊ばせておく。祖父は、手を繋いで帰ればいい、くらいに考えていたのだが、孫には甘え心がある。祖父は「そうか、そうか」と相好を崩して孫を抱き上げ、「よいしょ」と篭に入れたのだと思う。  いつ頃のことだろう。現在でももちろんあり得るが、何十年も前の、幼少時の記憶によるものかも知れない。作者は福島から上京、自力で会社を興し、経営はすでに息子に任せているという。季語「冬茜」に誘われ、昔の思い出が甦ってきたのだと思う。素っ気なく詠んでいるようだが、句を覆っているのは郷愁である。(恂)

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字小字干菜吊して留守ばかり     岡本 崇

字小字干菜吊して留守ばかり     岡本 崇 合評会から(三四郎句会) 信 字(あざ)、小字とくれば過疎地でしょう。干菜を保存食として冬ごもりする、という生活ですね。 有弘 過疎の村、干菜、字、小字とうまくつけたが、「留守ばかり」はどういう状況か。農作業かな。 久敬 夫婦のどちらかが介護施設に、ということもありそうです。過疎の現状ですね。 進 村を歩いていても人に会わない。そういう雰囲気でしょう。 尚弘 字は知っていたが、大字、小字もあるとは・・・。私の所は田舎じゃないからね。勉強になった(笑い)。                *        *          *  字と小字のことは、知っているようで知らないことの一例になるだろう。ある辞典によると市町村内を小分化した知名表示のこと。もともとは同時期に開発された田畑などの“一まとまり”を表しているそうだ。明治初年に市町村制の施行に先立つ市町村合併があり、合併以前の町村名がそのまま残されたという。  意外なのは小字のこと。大字と並べる時にだけ“普通の字”を“小字”と呼ぶらしい。ならば掲句の上五は字余りの「大字小字」とすべきなのか? 書物やネットの調べだけだから、その辺はよく分からない。(恂)

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無精髭飽きずに撫でて風邪の床     植村 博明

無精髭飽きずに撫でて風邪の床     植村 博明 『おかめはちもく』  熱が出ていたり、頭ががんがん痛かったりの風邪の最高潮の時は、ただただ蒲団を引き被って寝ている。実際、何をする気も起こらない。  困るのは治りかけの頃だ。ぶり返しては厄介だからと床には入っているが、本を読んでも無理な姿勢だからすぐに疲れてしまう。テレビはどの局も判をついたように馬鹿げたバラエティ番組の垂れ流しで見る気にならない。この句はそういった風邪籠りの無聊を詠んで、とても面白い。  ただ「飽きずに撫でて」がどうかなあと思う。本当は無精髭を撫でることにも飽き飽きしているのではないか。退屈で退屈でたまらない。やることが無くて、ついまた無精髭を撫でているのではなかろうか。作者は「飽きずに撫でて」と詠むことによって、実際は飽き飽きしている状態であることを察してもらおうという心づもりなのかも知れない。そうであれば「無精髭撫づるほか無き風邪の床」であろうか。ただこれはちょっと直截的で言い過ぎという感じもする。やはり、    無精髭また撫でている風邪の床 と、さりげなく詠んだ方が、この気分がよく伝わって来るようだ。(水)

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平成の芥投げ入れ焚火かな     徳永 木葉

平成の芥投げ入れ焚火かな     徳永 木葉 『この一句』  平成という取柄のない時代を実に上手く詠んだ。昭和から平成に変わった1989年はバブル経済の絶頂期で、足元の崖が崩れんとしているのに気づかず、官民こぞって浮かれ切っていた。狂乱の不動産ブームが起こり、暴力団が暗躍する土地の強引な買い占め、"地上げ"騒動が社会問題になった。そして90年3月、「土地関連融資の抑制について」という大蔵省銀行局長通達が各金融機関に出され、日銀も極めて厳しい金融引き締めに乗り出し、公定歩合を6.0%にした。急激な信用収縮状態になってバブル経済は一挙に萎み、日本経済は崩壊した。  こういう事態を何とかするのが政治家の役割なのだが、自民党も野党も腑抜けになっており、何ら為す術を持たず、野党政権の誕生と無惨な退陣、再登場の自民公明連立政権は掛け声だけの「好景気将来」でお先真っ暗のまま年を重ねて来た。後代の歴史家は、平成時代を日本が奈落の底に踏み込んだ時代として取り上げるに違いない。  平成時代に積み重なった塵芥を一気に「お焚き上げ」。「チチンプイプイ、嫌な物飛んでけー」。これで一陽来復となるかどうか。(水)

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不可思議といふ数字あり冬銀河     今泉 而云

不可思議といふ数字あり冬銀河     今泉 而云 『この一句』  「冬銀河を見て宇宙の神秘を感じたのでしょう。しかし『不可思議』という数字を持ってくる発想がすごい」(哲)、「冬の銀河を見ているとそんな気分にもなりますよね」(光迷)、「学が無いと分からないな」(誰か)、ということで句会は大笑いになった。  一、十、百、千、万、億、兆、京(10の16乗)までは大概の人が知っている。そこから先はどうか。江戸時代初期の和算家(日本式数学者)吉田光由が著した『塵劫記』という本に数の数え方が出て来る。この本は掛算の九九や面積の求め方、算盤のやり方など日常生活に必要な算術を教え説き、寛永5年(1628年)に出されて以降明治時代まで250年ものロングセラーになった。岩波文庫に収められて今でも流布している。それによると、「京」の後は垓(がい)、?僞(じょ)、穣、溝、澗、正、載、極となる。その先はもう佛の世界で、恒河沙(ごうがしゃ)、阿僧祇(あそうぎ)、那由多(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)と来て、無量大数(むりょうたいすう、10の68乗)。ほんとに、冬銀河を仰ぎながらこんな数字を思いつくとは、よく風邪を引かなかったものだ。(水)

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上州の風は韋駄天寒の月     玉田 春陽子

上州の風は韋駄天寒の月     玉田 春陽子 『季のことば』  「寒月」は字の通り寒中の月のことだが、あたりの「寒さ」を強調する道具として用いられる場合がある。つまり、「寒し」というこの時季の代表的な季語があるのだが、寒しと直接言わずに寒月にそれを言わせる用法だ。例えば、蕪村などと蕉風復興の先頭に立った加藤暁台の『月寒く出る夜竹の光かな』は寒月によって「寒し」を詠んだものである。  もう一つは真っ正面から悽愴な「冬の月」をうたう用法で、『寒月や喰ひつきさうな鬼瓦』(小林一茶)というように、ストレートである。  さて掲出句はどうか。昔から言われている「上州の空っ風」と寒月を組み合わせた。袖で鼻や口を覆っても、襟元を掻き合わせても、身体中に寒気が忍び込む。やがて身も心も凍ってしまいそうな気分になる。そんな心細い人間を高みから寒月が照らす情景。「寒し」を言いながら、やはりこの句は寒月そのものを詠んでいるようだ。永井荷風が「寒月やいよいよ冴えて風の声」と東京の下町の寒月と寒風を詠んだのに対して、こちらは上州武州の野っ原である。より一層厳しそうだ。(水)

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風邪の子の額確かめ母出勤     中村  哲

風邪の子の額確かめ母出勤     中村  哲 『合評会から』(日経俳句会) 昌魚 私の子供の頃は考えられなかった情景。今は当たり前になった。 涸魚 我々の世代には共稼ぎはなかった。現代の母親の大変さがよく出ていて心打たれた。 三薬 出勤した後この子はどうしているのか。ジイジの私がすぐ面倒見る(笑い) 二堂 本来母親は会社を休むべきだと思う。大切な仕事で出勤しなければならないんでしょうが・・・。 ヲブラダ 今は日常の風景。親と子のつながり、母親の優しさが出ている。 而云 おそらく家には自分の親か義理の親がいる。「額確かめ」はなかなかで、ああそうかと思った。           *          *          *  こんな細やかなしぐさをする男親はまずあるまいから、「母」を取って「風邪の子の額確かめ出勤す」とした方がすっきりするのではないかと思った。ともあれ後ろ髪を引かれる母親の心情が表れた佳句である。(水)

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