茅葺の御堂の藥師秋気満つ 大下 綾子
茅葺の御堂の薬師秋気満つ 大下 綾子
『季のことば』
「茅葺の御堂の藥師」という上五中七の措辞と、下五に置いた「秋気満つ」という季語が微妙に響き合って、実に良い雰囲気を醸し出している。
この句も昨日の無言館の句と同じく、9月26日から27日にかけて吟行した長野県上田市での作品。塩田平の南側に連なる奇妙な形の独鈷山の麓に建つ名刹中禅寺の薬師堂を詠んでいる。この薬師堂は平安末期・鎌倉時代初期に作られた長野県最古の木造建築物で重要文化財。三間四方の御堂で、棟木が中心に向かって斜めに立ち上がり天辺の宝珠の下に集まる「宝形造り」という建物。茅葺屋根とも相俟って、素朴で実に温かい感じの薬師堂だ。
「秋気」とは字の通り、秋の気配、秋の空気、秋の気分を表す季語である。漢詩から出た季語で、「爽やか」「秋色(秋の色)」「秋の声」などが江戸時代から詠まれているのに対して、ぐっと新しく、昭和に入ってから用いられ始めた。しかし、この句のように鄙びた薬師堂に配されると、とても爽やかで清清しい秋の気配に包まれる感じになる。(水)