朝霧に九十九の谷均されし 向井 ゆり
朝霧に九十九の谷均されし 向井 ゆり
『この一句』
九十九の谷が朝霧に覆われ、「均され」てしまったという言い方がとても面白い。山と谷が幾重にも折り重なり連なる地形を古来「九十九谷」と称した。「くじゅうくたに」と読むこともあり、「つくもだに」と言うこともある。「つくも」はあと一つで百という「次ぐ百」のことである。
この句は千葉県君津市鹿野山の九十九谷展望台公園で詠まれたものではなかろうか。数十年前鹿野山の観光牧場に招かれ、一泊して翌早朝此所に案内されて感激したことを思い出し、そうに違いないと思い込んでしまったのである。朝霧が麓の谷を埋め尽くし、雲海のようになって朝陽に燦めく。なんとも幻想的な雰囲気に包まれた。
うっすらと肌寒さを感じた覚えがあるから10月中下旬だっただろうか。やがて太陽が上がって来るにつれて霧が晴れ、眼下の谷と丘陵が陰影を作って、その遥か向こうに海が広がっている。雄大な景観に見とれて小一時間も坐っていた。この句は、もしかしたら全く違う九十九谷を詠んだものかも知れないが、まあ句意は同じであろう。(水)