野仏の立ち泳ぎする秋出水     野田 冷峰

野仏の立ち泳ぎする秋出水     野田 冷峰 『季のことば』  9月4日、台風21号が徳島県に上陸、瀬戸内から再び神戸に上陸、日本海に吹き抜けて行った。そのため四国、中国、関西、北陸さらには東海、関東から北日本一帯が大雨や竜巻に見舞われた。この句は台風21号が接近中の3日夜の句会に投句されたホヤホヤの一句である。夏以降の再三の豪雨禍の一景を詠んだものだろうが、タイミングの良さも手伝って一座を唸らせた。洪水被害に実際に合われた人にとってはこんな句を詠むどころではないだろうが、それにしても石地蔵が立ち泳ぎしているとは、「詠みも詠んだり」と思わず膝を打った。  日本人のあきらめの良い性質なのか、地震、噴火、台風、洪水といった天災には割に恬淡としている。それを笑いに転化してしまうしたたかさすら備えている。「柵の上に腰かけ居るや秋出水 高浜虚子」「流れよる枕わびしや秋出水 武原はん」などもそうだし、掲出句もそうである。  単に「出水」と言うと俳句では梅雨時の豪雨によるものを指し夏の季語となる。しかし秋にも台風襲来による洪水、出水がしばしば起こる。そこで「秋出水」という季語が生まれた。(水)

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居酒屋の黄ばむ品書焼秋刀魚     深田 森太郎

居酒屋の黄ばむ品書焼秋刀魚     深田 森太郎 『合評会から』(日経俳句会) 木葉 品書に秋刀魚と書いてあるのは居酒屋の定番だから。いかにも「秋刀魚」の感じがします。 哲 品書が黄ばんで、煙や焼き色も見える。こういう光景が「秋刀魚」に似合う。 昌魚 こういう店で一杯ちくとやりたい感じがしました(笑い) 三薬 皆さんと同じ。 綾子 同じです(笑い) 正市 類句がありそうだが、中七が全体を締めた。 反平 私は「黄ばむ品書」というのがどうもね。季節の初物じゃないか。           *       *       *  反平氏の言われることももっともだが、木葉氏の言うように、秋刀魚は居酒屋の秋の定番。8月末になると「秋刀魚」と書いた品書を張り出し11月頃までそのままなのだ。時には冷凍モノも混ざっているかも知れない。しかし、常連はそんなことあまり気にしない。「やっぱり秋はサンマだなあ」と御機嫌なのだ。(水)

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石垣のほどよき隙間ほたる草     星川 水兎

石垣のほどよき隙間ほたる草     星川 水兎 『合評会から』(日経俳句会) 好夫 実のところよく分からないのですが、全体としていい句だなあと。 昌魚 石垣の隙間を「ほどよき」と言ったところなど、景がよく見える感じがしました。 哲 ほたる草の控えめな生え方に「ほどよき隙間」はいい。 木葉 実は「ほたる草」というのはどんな草か知らないんですが、この句の「石垣のほどよき隙間」という上手さでいただきました。 弥生 石垣にそっと咲いているほたる草。「ほどよき隙間」の表現が絶妙です。           *       *       *  螢草とは露草のこと。初秋から晩秋まで、青い丸い二枚の花びらをミッキーマウスみたいな形でつける。優しく可憐な花だが、ぽきぽき折れた茎から芽と根を生やして一本立ちする、なかなかしぶとい草でもある。これは石垣の隙間に取り付いた露草であろう。選んだ人が口々に「石垣のほどよき隙間」という措辞を絶賛した。こういう素晴らしい言葉を発見すると、詠む方も、読む側も嬉しいものだ。(水)

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