平成の子らはスルーの終戦日     池内 的中

平成の子らはスルーの終戦日     池内 的中 『この一句』  ちゃんとした俳句に「スルー」などという英語から借りた俗語を用いるのは顰蹙ものだが、この句に限って、この変な言葉が実にぴったりする。「スルーする」という言い方が流行り始めたのは7,8年ほど前か、今では日常会話で時折耳にする。「見えないふり、聞こえないふりをする」「いい加減に飛ばしてしまう」「無視する」「関心を持たずやり過ごす」といった意味で使われるようだ。  その昔、「パスする」という言い方が流行った。これも「スルーする」とよく似た意味合いだが、「自分とは関係無い」あるいは「拘わると損する」といった価値判断を瞬時に行って、無視したりやり過ごしたりする行為を言う。それに対して、「スルーする」は価値判断をしないか、したとしても判断というよりは自分なりの感覚センサーをさっと通して、自分との距離を気分で感じ取り、「遠いモノ」を無視する行為のようである。  まさに「平成の子ら」にとって、先の大戦や日本の敗戦などは「スルー」すべき事柄なのだ。型破りの詠み方ではあるが、あの無惨な敗戦から73年もたった「今」をこれほど感覚的に、ばっさりと詠んだところが凄い。(水)

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