新緑や吊り橋からの大ジャンプ      加藤 明夫

新緑や吊り橋からの大ジャンプ      加藤 明夫 『この一句』  新緑を詠むための舞台に、バンジージャンプを持ってきたのか、という驚きがあった。私はまず飛び込む人のことを思った。吊り橋から横に台座が張り出しているのだろう。下を覗けば、何十メートも下に谷川が一本の帯のように見える。よくもまぁ、そんなところから飛び込むものである。  ジャンパーは新緑に覆われた谷間に落下していく。彼(彼女)は周囲の緑が目に入るのだろうか。最初は通常の落下速度のはずだ。間もなくゴムが伸び、ブレーキがかかるが、伸び切れば上に跳ね上がり、また落下していく。この間の数秒は恐怖か、快感か。おそらく新緑は目に映らないだろう。  私はいくらか高所恐怖症気味で、スカイツリーの展望台から下界を見下ろした時は、下腹部に奇妙な感覚が走り、腰が引けた記憶がある。新緑にバンジージャンプの句はすでにあるのかも知れないが、この句は実に新鮮だった。私はそのうち、スカイダイビングを詠んでみようか、などと考えている。(恂)

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ブロンズの弓引く像や風五月      広上 正市

ブロンズの弓引く像や風五月      広上 正市 『この一句』  私事を申し上げる。句会の合評会が始まる前に、レコーダーを動かし、録音をしておくのだが、終わってから電池が切れに気付いた。本欄を書くのにあたって、ちょっと困ったな、という状態になった。掲句のブロンズ像のことは、欠席投句・選句のお二方のコメントを頂いてから、思い出したものである。  「この像があるのは国立西洋博物館の前庭でしたか」(綾子)「ブルーデルの弓を引くヘラクレス。簡潔に対象を描写していて・・・」(青水)。ブロンズ像への私の記憶は曖昧で「有名な彫像のはずだ。美術の本で見たことがあったかな」くらいに考えていて、像の具体的な姿を思い画くことが出来なかった。  二つのコメントによってようやく、左足を岩に掛け、上空に向かって弓を引き絞る男の像がはっきりと浮かび上がってきた。「五月の風が吹き渡る」「下五(風五月)で決める手腕に脱帽」という言葉もあり、それによって句への評価も定まった。この小文は、お二人の選句力に助けられている。(恂)

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磯の香や朝にたゆたふ夏めきぬ     河村 有弘

磯の香や朝にたゆたふ夏めきぬ     河村 有弘 『おかめはちもく』  晩春から初夏に移る頃合いのもやもやっとした空気を伝えて、なかなか含蓄のある句である。「たゆたふ」を漢字で書けば「揺蕩ふ」、すなわち香りや空気が揺れ動き漂う様子を言う。さらには、そうしたものに触発されて、心が揺れ動き、ためらうような気分になることをもあらわす。  この句は、初夏の朝の、本来ならすっきりとした爽やかさを感じるはずなのに何となく靄をかぶったような気分だということを詠んで、とてもユニークである。「磯の香」は時として妙に生臭いことがある。それを詠み止めたのかも知れない。  というわけで、この句はなかなかのものなのだが、「磯の香や」で切れ、「朝にたゆたふ」で切れ、いわゆるぶつ切れの「三段切れ」になってしまっている。こういう詠み方だと余韻というものが無くなってしまう。これは最低でも「や」を「の」に変えるべきであろう。  さらに一歩進めれば、「磯の香のたゆたふ朝や夏めきぬ」であろうか。この場合の「たゆたふ」は連体形で「朝」にかかり、二句一章の形になる。(水)

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