公魚のいのち震はす竿の先     中村 哲

公魚のいのち震はす竿の先     中村  哲 『合評会から』(日経俳句会) 悌志郎 命のはかなさがうまく表現できている。 好夫 俳句らしい。 二堂 竿の先が震えているのを、命を震わしていると見ているのがおもしろい。 木葉 繊細なところを表現したのがいい。 反平 公魚の感じがよく出ているのでとった。 三薬 今回の公魚釣りの句はみな無理して作っている。しかし、この句はうまく詠んでいる。 三代 「いのち震はす」と表現したのが新しい。 明男 公魚が竿の先でもがいている様子が目に浮かぶ。 昌魚 小さな命が懸命に抵抗している様だろう。「いのち震はす」がいい。 十三妹 こちらの心をも震わせ、涙ぐむような切なさで響く。           *       *       *  三月例会の兼題「公魚」でトップ賞に輝いた作品。とにかく「いのち震はす竿の先」の措辞が効いている。(水)

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だしぬけに友の訃報や寒戻り     高石 昌魚

だしぬけに友の訃報や寒戻り     髙石 昌魚 『この一句』  日経俳句会三月例会への投句だから、恐らく句友高瀬大虫さんを悼む作品であろう。句会の十日ほど前に訃報が飛び込んで来た。逝去の一報というものは常に突然舞い込むものだから、当然と言えばそうなのだが、大虫さんの場合はまさに「だしぬけに」飛び込んで来た。誰もが「まさか」と絶句した。  この追悼句の作者は既に米寿を迎えられているのだが、相変わらず矍鑠として、若々しい句を詠まれる。平成18年夏に大虫さんが入会された時以来、八、九歳若い後輩を温かく迎え、親しく詠み合っていた。句会では二人とも大概近くに座を占めて、お互い物静かなお人柄だから、落ち着いた俳句談義をされていた様子がうかがえた。  心臓ペースメーカーを取り替えるか何かの手術で、ご本人は「ちょっと行って来ます。三月例会には出ますよ」と言い、周囲も「行ってらっしゃい」と気軽に送り出したのであった。それなのに・・という感じである。  「突然に」などと言わず、少々下世話でぞんざいな響きの「だしぬけに」という言葉が、まさにぴったりな感じである。(水)

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春告げる風を掴まん赤子の手     高橋 ヲブラダ

春告げる風を掴まん赤子の手     髙橋 ヲブラダ 『この一句』  春を告げる風と言うと、菅原道真の「東風吹かば匂ひをこせよ梅の花」で有名な東風ということになる。シベリア高気圧が日本列島を蔽う西高東低の冬型気圧配置がゆるみ、東あるいは東南の風が吹いて来ると寒気がやわらぎ、春の気配が漂い始める。  しかし、梅の花をほころばす東風はまだ早春の風でかなり冷たい。本格的な春は三月に入り、日本海を低気圧が北上し、そこへ向かって南からの暖かい風が吹き込むようになってからである。さらにそれと交替に移動性高気圧が本州をすっぽり蔽うと上々の天気となり、まるで初夏のような陽気になる。桜をはじめあらゆる花を咲かせる春風である。  この句は冒頭に「春告げる」とあるから、立春頃の句かとも思う。しかし、元気な赤ん坊が春風を掴もうとでもするように腕を伸ばし、小さな手のひらを精一杯開いたというところからすると、本当の春が来た三月中下旬が似つかわしいようだ。誰もが好む愛くるしい赤ちゃんを添えるなど、「ずるいなぁ」と言いたくなるが、とにかく明るくて元気が出る句である。(水)

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柳絮飛び子馬の夢に寄り添ふや     工藤 静舟

柳絮飛び子馬の夢に寄り添ふや     工藤 静舟 『季のことば』  「柳絮」とは柳の種子のことで綿毛がついており、風に乗って四方に飛び舞う。柳は早春から仲春にかけて地味な花を咲かせ、それが実る晩春、盛んに柳絮を飛ばす。馬も三月から四月が出産期で、ひょろひょろと脚ばかり目立つ仔馬が母馬に甘えながら芽生えたばかりの野原ではしゃぐ。  だからこれは「柳絮」と「子馬」で、まさに季重ねの見本のような句なのだが、それが少しも違和感を感じさせない。  「銀座の柳」で有名なシダレヤナギは柳絮をあまり飛ばさない。盛んに飛ばすのは川べりや湖沼の回りに自生しているネコヤナギ、カワヤナギ、タチヤナギ、コリヤナギなどである。柳の本場である北欧や中国には真っ直ぐにそそり立ち大木になる柳も多い。日本でも北海道、東北地方では晩春になるとそうした柳が一斉に柳絮を飛ばし、まるで雪降りのようになる。子馬が果たして昼寝をするのかどうか分からないが、柳絮の舞う生暖かい昼日中には、確かにこうした幻想的な雰囲気が漂う。子供に還ったような気分になる句である。(水)

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