草の芽や戛々とゆくハイヒール 大澤 水牛
草の芽や戛々とゆくハイヒール 大澤 水牛
『この一句』
作者の投句の中で、掲句より高点の「草の芽」の句が他に二句もあった。しかし私は選句表の中から最初にこの句に目を止め、「これは逃せない」と◎印を付けている。「戛々」(かつかつ)という、道を歩いて行く女性の靴音が耳に響いてきたのだ。当欄に載せよう、と最初から決めていた。
句の描く世界は、私の住む東京都中野区あたりでよく見かける状況で、加えて朝によく聞く「音」でもあった。晴れた日なら私はその後、外へ出る。草の芽を見つけるのは、塀の際かアスファルトの割れ目と相場が決まっている。「草の芽」を詠むなら、まずその辺りからの発想になってしまうのだ。
辞典によると「戛々」は「物と物が相撃ち合う音」だという。句の場合は、最寄りの駅に急ぐ出勤女性の靴音である。女性は草の芽に目もくれないのか。いや、視野の端には萌え出た緑色が映っているに違いない。「あら、去年と同じ場所に同じ雑草の芽が」。足取りが変わることはない。(恂)