田は元の荒地に戻り冬雀     岩田 三代

田は元の荒地に戻り冬雀     岩田 三代 『この一句』  豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)とは、草木が豊かに生い茂り瑞々しい稲の穂が生る国という意味の日本国の美称である。日本人は大昔から稲作とともに生きてきた。春の祭は神に稲の豊作を祈るものであり、秋祭は豊作を感謝し来年もどうぞよろしくとお願いするものであった。武士の俸禄も米の分量で示され、大名や旗本の領地も「何万石」「何千石」と米の収穫量で計られた。  というわけで、奈良時代から昭和時代の後半まで千数百年間、為政者も国民もその年の「米の出来具合」に一喜一憂してきた。山林原野が切り拓かれ、用水路が敷かれるなど、治山治水に力が入れられたのも、少しでも多くの米を得たいという欲求からであった。  それが今や「米余り時代」である。政府は「減反政策」により、稲の耕作を放棄すれば補助金を与えるというバカな手段まで採った。さすがにその愚策は止めたが、今度は農家の老齢化で作りたくても作れないという事態になった。ご先祖が営々と開墾し、手を入れてきた美田も元の荒地に戻り、冬雀の溜まり場になっている。「冬雀」という季語がとてもよく合っている。(水)

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