縄文も弥生も丈余の雪の下  大沢 反平

縄文も弥生も丈余の雪の下  大沢 反平 『季のことば』  秋田県鹿角市に「大湯環状列石」という約四千年前、縄文時代の遺跡がある。草地に大小さまざまの石を並べた二重ドーナツ型の列石が二つあって、大きい方が直径四十八辰曚鼻青森・三内丸山遺跡あたりにいた縄文人が次々に南下し、このあたりに住み付いた人たちが作ったと考えられている。  縄文人はなぜ、南へ移動してきたのか。約千年間にわたって寒冷化が続いていた。気温は二、三度低下、冬の寒さは次第に厳しくなってくる。三内丸山の頃のような活発な経済活動はもはや望めない。小人数の集落に分散、雪が積もる頃になると、あまり活動せず、質素に暮らしていたようである。  彼らは活動期になると七舛睥イ譴寝聾兇ら石を運び、環状列石を作り、墓地とした。その滑らかな柱状の石は、水に濡れると緑色を発するという。「なぜ緑色の石を?」。私の問いに現地の研究者はこう答えた。「若草への憧れでしょう」。掲句を読んだとたん、あの環状列石を思い出した。(恂)

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