三が日客なき家の赤絵皿     河村 有弘

三が日客なき家の赤絵皿     河村 有弘 『この一句』  年始の客というものは、来てくれれば賑やかになって嬉しいが、あまり大賑わいとなるのも疲れる。と言って、誰一人現れないというのは実に寂しい。ほどほどがいいのだが、そうはこちらが願うようにはいかない。  現役を退いてからの一、二年は元の会社の後輩などが訪ねて来るが、三年、四年とたつうちに閑古鳥が啼く。子供たちも独立して一家を成しているから、結局の所、赤絵の大皿など飾っても蘊蓄を語る相手も無く、老夫婦二人だけの靜かなお正月ということになる。  そういう閑雅な状態を可しとするか、寂しくてたまらないと感じるかは、当人の心持ち次第である。どちらが良いと決められるものではないし、決める必要もない。靜かな三が日を悠悠と過ごしたいのなら、むしろ誰も来ない方が良くて、ひとり床の間の赤絵皿と対峙するのが良かろう。ぱっと賑やかにと望むなら、名品の赤絵皿に山海の珍味佳肴を盛って人寄せしなければなるまい。この句は「赤絵皿」を据えて、いろいろな味を味合わせてくれる面白い句である。  なんで今頃、三が日の句かという声もあろうが、届いて間もない三四郎句会報で目に付いた佳句なのだ。それに、旧暦では今日はまだ十二月二十日、新年が来る前に春になる「年内立春」。旧正月はまだ十日先である。(水)

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