思ひ出は蒲団の重み防空壕     高石 昌魚

思ひ出は蒲団の重み防空壕     髙石 昌魚 『この一句』  この句から七十四、五年前の情景がまざまざと浮かんだ。在郷軍人会とか警防団などのいかめしいオジサンたちが、大日本帝国の銃後を守る者の心構えを説き、空襲に備えてのあれこれを教えた。防空壕を拵えて必需品を備蓄して置くようにというのもその一つだった。我が家もそれに従って防空壕を作った。  昭和十九年以降、ラヂオが「空襲警報発令」と言う度にそこに駆け込んだ。初めの頃は母親と弟妹と一緒に駆け込むのが、運動会でもやっているような気分がして、怖いというより楽しかった。しかし、昭和二十年に入ると空襲警報とほとんど同時に敵機が飛んで来て焼夷弾や爆弾を落とすようになった。わっと飛び込んで潜り込む防空壕の蒲団は、湿気を吸い込んでひどく重く冷たかった。  この句を見た途端に、脳味噌の奥にしまい込まれていた子供時代の記憶が呼び覚まされた。しかし、八十歳代にはよく分かる句だが、あまりにも古いなあと思ったりもしている。だが、こういう句は古いと言われようが、作り続けていくことが生き残った老人の責務であろう。私も見習おうと思っている。(水)

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